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あなたと生きたいと思うのです。  作者: 津森太壱
【あなたと生きたいと思うのです。】
12/77

10 : どこか、遠くへ。3





 近くだから、とシゼの家に、この五年で薬の匂いが染みついたらしい古家に、アサリはイチカとお邪魔することになった。いつまでも地面に座っているのも、あのまま動かずにいるのもどうかと思ったし、通りかかったのがシゼだったからよかったものの、人の目というものがある。それに、イチカは病み上がりだ。本人は平然としてみせるが、アサリは気が気ではない。

 シゼの家にお邪魔すると、シゼは真っ先にふらつくイチカを診て、少し休みなさいとなにか薬湯のようなものを飲ませ、隣の部屋へと促した。走って疲れていたイチカはおとなしくそれに従い、移動した部屋の先にあった寝台に横になった。

 部屋にイチカを残して出ると、アサリはシゼとふたり、薬草や薬瓶が乱雑に散らばった、居間とは言いにくい部屋に戻る。訪ねてきた人に薬を診立てる際はここではなく違う部屋を使うそうなので、居間というよりは調合室に近い部屋なのかもしれない。本人が薬師だと言い張るくらいなので、見渡す限り薬になりそうな草が吊るされていたり、まとめて置かれていたり、擂り鉢やそういった道具もこまごまと置かれている。


「で、ふたりでなぜあんなところに? そしてイチカくんは、なぜあんなに疲れてるんです?」


 当然くるだろうと思われたシゼの問いに、アサリは長身の魔導師が来たことと、その魔導師とイチカの関係を説明する。するとシゼは、なぜか呆れたように笑った。


「はあ、来たんですか、あのばか」

「ばか?」

「なんとなくそうかなぁとは思ってたんですけどねえ……まさかイチカくんの師とは。せいぜい上司か、その辺りかと思ってたんですけど。それであの呪いですかぁ」

「……知り合いなの?」


 長身の魔導師、イチカの師である人とどうやら知り合いであるらしいシゼは、深々とため息をついた。


「親しくはありませんが、昔からの顔馴染みではありますよ。とはいえ、わたしはこの五年ほど村から動いていませんから、最後に顔を合わせたのはそれより前ですけどね」

「……そんなに逢ってないなら、挨拶くらいしてきたら?」

「いやですよ。見ていて楽しい顔でもありませんもの」


 思い返してみると、あの長身の魔導師は無愛想だった。イチカのように表情もなく、近寄りがたい冷気があって、深い森色の双眸がなんだか怖かった。確かに見ていて楽しいものではないかもしれない。


「しかしまあ、どうやらイチカくんを捜していたようですね」

「イチカを?」

「だってそうでしょう? 王都からここまで馬を飛ばしても丸一日はかかるのに、随分と到着が早い。おまけに、狙ったかのようにあのばかが派遣されたんです。むしろ自分から動いたのかもしれませんね。イチカくんを捜していたんでしょう。だから対応が異常に早いんですよ」


 言われてみれば、魔導師派遣の要請を出したのは昨日の朝のことだ。王都からレウィンの村まで、ふつうに移動するとなると丸二日はかかる。馬を走らせ続ければ丸一日だが、それにしても到着は早くて明日のはずだ。昨日の今日で、派遣された魔導師が到着するのは早過ぎる。


「イチカは、どこかへ行きたかったみたいなの。逃げたみたいなの、お師さまから」

「おや……ではもしかすると、イチカくんは捜されるとは思っていなかったのかもしれませんね」

「どちらかというと、お師さまが来るとは思ってなかった、のほうじゃないかしら?」

「同じことでしょう」


 そうかもしれないが、とアサリは腕を組んで考える。

 イチカは、捜されるとも思っていなかったのだろうが、師が来るとも思っていなかったと思うのだ。だから逃げたといっても、特に急ぐことなく、このレウィンの村に留まっていられたのだ。たとえ捜されていたとしても、相手が師ではない限り、イチカのあの口ぶりならなんとでも誤魔化せただろう。

 それに、魔導師が派遣されてくる前に、イチカはレウィンの村から出て行こうとしていた。それより早く魔導師が派遣されてしまい、挙句その魔導師が己れの師、逃げていた人だったのだ。驚き、怯えたのは、当然だろう。


「薬草茶でもいかがです?」

「怪しいものじゃないならいただくわ」

「きみね……わたしはちゃんとした薬師ですよ」


 ぶつぶつ文句を言いながら台所らしきところへ行くシゼは、そういえばいつだってやる気を見せないのに、今回ばかりは協力的だ。ただの興味かもしれないが。


「シゼ、どうしてイチカが呪いを受けてるって、わかったの?」

「身近に魔導師がいましたからね」

「身内?」

「そこまで近くはありません。身近、です。生活圏内にいたんですよ」


 魔導師が生活圏内にいるものだろうか、とアサリは首を傾げたが、王都出身ならそうであってもおかしくはないのかもしれない。そうすると、シゼは王都出身ということになる。


「はい、コルセの薬草茶です。疲れによく効きますよ」

「ありがと」

「ちなみにイチカくんには、これをお茶に加工していない原液を飲んでもらいました。憔悴しているように見えたので、眠り薬も混ぜましたよ」


 やはりシゼは薬師というより医師だなと、アサリは薬草茶を受け取りながら思う。街から離れた村は特に、医師と薬師を混同させるものだ。むしろ兼用している人のほうが多いので、シゼのように薬師を主張する人は少ない。なにか拘りがあるのだろうか。


「さて、わたしは用事があるので外に出ますが、きみはどうします? そろそろ日も暮れてきますし、あのばかがいるならイチカくんは戻りませんよね。わたしのほうで預かりますよ」

「イチカはお願いするわ。わたしはこれを飲み終わったら、とりあえず一度帰ってみる。イチカのお師さまがいるようだったら、説明して、イチカが落ち着くのを待ってもらうわ」

「この場所を教えてもいいですよ。わたしの名前を出してね。そうすればあのばかも考えるでしょう」

「その理屈はよくわからないけど……わかったわ」

「では、またのちほど」


 ひらひらと手を振ったシゼは、手荷物らしきものを一つも持たず、単身で出て行った。用事があると言っていたが、すぐに戻ってくるつもりなのだろう。


 アサリは薬草茶を一気に飲み干し、意外に甘いなと思いつつ、この甘さに騙されて眠らされたのであろうイチカがいるところへ行く。

 イチカは、ぐったりと寝台に横になっていた。しかし目は、必死になって開けようとしている。


「? ア、サリ……さ……?」


 どうやら眠り薬と戦っているようだ。眠いだろうに、その眠気に負けまいとしている。


「だいじょうぶよ、イチカ。ここはシゼの家。シゼは病人の味方だから安心していいわ。だから眠って」


 アサリは寝台の端に腰かけると、目を開けようと頑張っているイチカの頭を撫でてやる。ぐずる子どものように顔をしかめたイチカは、その頬を敷布に押しつけていやいやと首を振った。なんだか可愛い。


「も、行かな、いと……師が、近くに」

「……そんなに逢いたくないの?」

「逢え、ない……僕は、殿下の、負荷制御……装置、だから」

「え……?」

「その役目、が……」


 ことん、とイチカは意識を手放した。

 アサリにとんでもない言葉を聞かせて、その説明もなく。


「でんかのって……殿下? その、負荷制御装置って……え?」


 なんのこと、である。眠りに入る前のぼけぼけな言葉であっても、だからこそ意味深なものだ。

 なんて中途半端に聞かせてくれた言葉だろう。気になるではないか。


「イチカ、イチカ、今の……」


 もう一度きちんと聞かせて、と口にしかけて、いきなり感じた背後の気配に、アサリはびくりと身体を震わせる。


「見つけた」


 その声に、おそるおそる振り返る。

 長身の魔導師が、深い森色の双眸を細めて、そこに立っていた。







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