お手伝いさんの秘密
佐藤くんは、昨日からちょっと悩んでいた。
「これ、どう思う?」
会社の同僚、田村さんに相談する。手に持っていたのは、部屋の掃除を頼むために頼んだお手伝いさんの名刺だった。
「またお手伝いさん?」
「うん、今日の午後から来るんだけどさ……」
「お手伝いさんを雇うのって、ちょっと気になるんだよね」
「どうして?」
「だってさ、うちのマンション、掃除するところなんてそんなにないしさ。大体、仕事終わったら帰って寝るだけだし。なのに、わざわざお手伝いさんに頼む意味が……」
田村さんはにっこりと笑った。
「まあ、掃除でも料理でも、頼むと楽にはなるけどな。でも、ちょっと変な感じだな、確かに」
「でしょ?」
佐藤くんは腕を組んで考え込む。
「うーん……でも一度頼んでみたら、意外と楽になるんじゃないかって思ってるんだ」
その午後、ついにお手伝いさんが来た。
名前は、橋本さん、という。
40代くらいの落ち着いた感じの女性で、非常に丁寧に挨拶してきた。
「よろしくお願いいたします」
仕事が始まると、最初はお互いぎこちない感じだったけど、徐々に会話も弾んできた。
橋本さんは、掃除はもちろん、キッチンの整理整頓までしてくれる。その姿勢に、佐藤くんはついつい感心していた。
「ほんと、助かります」
「いえいえ、佐藤様のためなら」
そう言いながら、何度も何度も、丁寧に掃除をしてくれる橋本さん。
でも、佐藤くんの中にふとした疑問が湧く。
「そういえば、橋本さん。なんで掃除のお仕事にしたんですか? 何か、別の仕事してたんじゃないですか?」
橋本さんは一瞬手を止めた後、にこやかに答える。
「ええ、実は元々は……」
「何か、すごいことしてたんですか?」
橋本さんは少し恥ずかしそうに続ける。
「ええ、その……忍者、だったんです」
佐藤くんは目を丸くする。
「え、忍者……?」
橋本さんはうなずいた。
「はい。足音を立てずに移動するのは得意ですし、隠れるのも得意です。どこでも掃除道具を持ち込んで、気づかれないようにするのが仕事でした」
「忍者……?」
「はい。もう辞めたんですけど」
佐藤くんは一瞬、言葉を失う。
「それって、本当に……?」
「もちろん、今はお手伝い業ですけど、昔は……」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「おっと、すみません。ちょっと失礼しますね」
橋本さんは素早く、ドアに向かう。
佐藤くんは驚きながらも、橋本さんがどんな応対をするのか興味津々で見ていた。
すると、橋本さんは玄関を開け、さっと一言。
「何かお探しですか?」
そこで、玄関に立っていたのは佐藤くんの上司、田村さんだった。
「え、何してんの?」
「いや、ちょっと前に気になったから見に来ちゃった」
田村さんはキョトンとした顔をして、橋本さんを見ている。
「なんで君がここに?」
「掃除の……お手伝いに来てるんです」
「掃除?」
田村さんがびっくりして、佐藤くんを見た。
「お前、そんなに掃除しないタイプだろ?」
「いや、でも……」
そのとき、橋本さんがにっこりと笑って言った。
「いや、実は、私、田村さんのお掃除もしてたんですよ」
「え……?」
田村さんは驚きの表情を浮かべる。
「あなたが?」
「はい。実は……」
橋本さんは肩をすくめて言った。
「私、数年前に、田村さんのアパートを掃除したんです。こっそり」
その瞬間、佐藤くんと田村さんは目を見開いた。
「え、あの時の?」
田村さんは顔を赤らめ、目を合わせられない。
「ま、まさか! それ、どういうことですか?」
橋本さんはニヤリと笑った。
「いやぁ、別に気にしないでください。田村さんはほんとうに掃除しないんですね」
佐藤くんは唖然としながらも、思わず笑ってしまう。
「おお、なるほど! そういうわけだったんだ……」
田村さんは顔を真っ赤にして、下を向く。
「なんで、そんなに掃除を……」
「私が忍者だったからですよ」
「忍者……?!」
田村さんは、もう一度目を丸くする。
「じゃあ、あの時、俺がいなくなった隙に掃除してたのも?」
「はい。あの時も、見えないようにこっそりと」
佐藤くんが笑いながら言った。
「それなら、これからもお願いするしかないね、橋本さん」
橋本さんはにっこりと微笑んで言った。
「もちろん。どんなに隠れても、私はお掃除しますから」




