猫のクリスマス
数日前から降り続いた雪で、街は真っ白になっていた。
冷たい道路の上をのそのそと歩く。
足取りは重い。
ふと道端に立ち止まり、ナルは空に向かって、にゃあと鳴いた。
かぼそい声は雪に吸い込まれるようにして消えていく。
せわしなさげに過ぎていく人間には届いていない。
今日はずっと歩き続けて少し疲れた。
ビルの合間に入り込み、ナルは少し休むことにした。
雪がかからないところをさがし、座り込む。
ふぅーーっと一息ついてナルは目を閉じた。
もうすぐ、ナルの命の灯は消えゆく。
もう、だいぶ長い間生きてきた。
幸せな生活だった。
一緒に暮らしてきた人間も、とても優しい人達だった。
怒ると怖いけど、ナルの面倒を一番見てくれたお母さん。
いつもこっそりとナルの好物をくれるお父さん。
そして、生まれた時からいつも一緒にいた、大好きな――大好きな成海。
自分のことをナルのお姉ちゃんだと言う成海。
もうすぐ20歳にもなるのに、ナルにムリヤリ赤い帽子をかぶせて、お母さんに怒られていた成海。
ナルがいなくなったことに気づいたら、成海は大泣きするだろう。
成海はナルが大好きで、ナルは成海が大好きだ。
――本当は、最期のときまで側にいたかった。
それでも、大好きだからこそ、最期の姿を見せるわけにはいかない。
ナルは猫だから。
空はだんだんと暗くなり、気温も下がっていく。
雪もだんだんとひとつひとつが、大きくなり、強くなっていく。
ひらりひらり、くるくると。
舞いながら。
ゆっくりと開いたナルの目に映る世界を白く、染めていく。
寒くてもう、起き上がることもできない。
そろそろ眠ってもいいのかな、と、ナルはもう一度目を閉じた。
ゆっくりゆっくり……
幸せな思い出と共に眠りについていく。
しんしんと降る雪の音が頭の隅に響く。
その微かな夜の向こうから――
……ららん……しゃらん、
しゃららん しゃららん しゃららん――
澄んだ鈴の音が近づいてくる。
閉じたはずのナルの目に明るい光が差し込んでくる。
疲れたまぶたを必死で開けると、思った通りの光の渦があった。
きらきらと、雪を煌めかせて。
眩い光に驚いて上を見上げると、そこに見たことのない生き物がいた。
その生き物は、美しい細工を施したソリを引いていて、そのソリの上にはふくよかな老齢の人間が座っていた。
ナルは重い頭を持ち上げて、その老人を見た。
彼は、温かい大きな手をナルに向けて伸ばした。
「よく頑張ったね、ナル」
大きな手がナルをなでる。
「こちらへおいで」
優しげな笑みが向けられる。
不思議と、ナルの身体は軽くなっていく。
にゃあ――
ナルは返事をした。
最近では掠れた声しか出なくなっていたのに、しっかりとした鳴き声が出る。
立ち上がろうとする足もしっかりと力が入る。
老人はナルを優しく抱き上げた。
よしよし――と言ってナルの頭を撫でる大きな手はとても心地よくて、ナルは幸せな気持ちになる。
「ナルはいい子じゃのう。だからこそ成海ちゃんもナルが大好きだったんだのう」
『成海』の名前に反応して、ナルは再び声を上げる。
にゃあ。
――なんで成海を知ってるの?
にっこりと満面の笑みを浮かべた老人は、ナルの言葉をわかっているかのように答えた。
「成海ちゃんはとっても良い子だからの。ワシはよぉく知っておるんじゃ」
にゃあ。
ナルはまた答える。
「その成海ちゃんの、最後の願いじゃよ」
そう言って老人が教えてくれたその願いは……
――ナルがずっとずっと幸せでありますように
成海が大人になる前の最後のプレゼント。
にゃあー にゃあぁーん
ナルは鳴いた。
嬉しくて嬉しくて。
たくさん、鳴いた。
ナルの気持ちがわかったのか、老人はまた優しくなるを撫でた。
――成海が大好き
そう言って、ナルは何度も鳴いた。
「ワシと行こう、ナル」
そう言って彼は、ナルをソリの上に優しく置いた。
温かい毛布の上だった。
――あなたはダレ?
ナルは聞いた。
老人はふぉっふぉっふぉっと言って笑った。
「そうか、そうか。ナルは知らんか」
それからウインクしてナルを見る。
「ワシはサンタクロースじゃ」
赤い服を着て豊かな真っ白な髭を蓄えた老人はそう名乗った。
――サンタさん、サンタさん。
ナルはサンタクロースに話しかける。
「おぉ、わかっておる。ナルの願いは成海ちゃんへのプレゼントじゃろう?」
そう言って彼はソリの後ろの白い大きな袋から、きらきらしたリボンのついたプレゼントを取り出した。
ナルには、なぜか、その中身がわかった。
ナルにそっくりな黒猫のぬいぐるみ。
――これで、成海も寂しくないね
「そうじゃのう。さぁ、一緒に届に行こう」
サンタクロースは手綱を握りしめると軽く振った。
ナル達を乗せたソリはゆっくりと動き出し、空を駆け出す。
街はもう真っ白で、聖夜にふさわしい装いだった。
ソリの軌跡は、きらきらといつまでも夜空を輝かせていた。
――END




