変容
───ダンジョン攻略3日目。
セーフエリアの奥にある魔法陣から転移すると、そこは一面クリスタルに囲まれた一切障害物が存在しない四角い空間だった。
鏡の様に自分の姿を反射しているクリスタルの壁や床、天井からは月明りより少し明るい光が発せられており、この空間を照らしている。
「なんかまた急に趣が変わって来たな……これはもういよいよダンジョンも終盤、強敵との熾烈を極める熱いバトルが───」
俺がバトルの予感に期待に胸を膨らませていると、突如目の前に霧がかかり前が見えなくなった。
「こ、これは!この演出は強敵登場の予感!」
目の前に広がっていた霧が徐々に何かを形作ってゆく。
あれは───人か!?
俺は目の前の霧を凝視していると、遂にその正体を現した!
『そんな馬鹿な話があるか!第一この剣はミスリルだぞ!?いくらなんでも身体強化魔法如きで防げるものか!!』
『だけど斬れなかった』
『……ッ!』
『フゥン、今の俺は鋼鉄そのもの!そぉんな、なまくらじゃあ傷一つ付けられないぜ!』
『……鋼鉄よりミスリルの方が硬度は優れておるぞ』
『…………まあとにかく!アンタじゃ俺には勝てない!さあ観念するんだな!!』
「…………は?……は?え?は?はあああああ!?」
突然、昔の恥ずかしかった記憶が再生され、どうにか忘れていた俺は思いっきり頭をぶん殴られたような感覚に陥る。
「は?何?精神攻撃!?あ、そういう感じ!?おう出て来いよ!ぶっ殺してやる!!」
こんな悪趣味な野郎は生かしてはおけない!
俺は指をポキポキ鳴らしながら何処かにいるであろう現況を探す。
「……ちょっと待てよ?ディザベル、お前は───」
俺がこんなに恥ずかしい思いをしているならロリババアのご長寿ディザベルなら大層恥ずかしい記憶が再生されているんじゃないか?
俺は横にいたディザベルを見ると、ディザベルは座り込んでいた。
首の無い数多の死体が床一面に転がっている血の海で、両目が抉り取られたディザベルと瓜二つ少女の身体を抱きしめながら───
「ぁ、ぁぁぁ…………」
「ディザ…………ベル……?」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
「ディザベル!?」
絶叫と共にディザベルの魔力が一気に解放される。
ディザベルから放たれる圧倒的な魔力の奔流を前に、俺は吹き飛ばされそうになるのを何とか踏み止まる。
「クソ!何がどうなって……!ディザベル!?おいディザベル!!」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
何度もディザベルに呼び掛けるが反応は無い。それどころか───
「な、なんだこの黒いの!?」
この部屋の至る所から黒い霧のような魔力が吹き上がり、ディザベルの身体に吸い込まれていく。
何か良くない事が起こっている。そんな事は馬鹿だって分かる……だというのに……!
今もディザベルから放たれて続けている魔力のせいで1ミリもディザベルに近づけない。
「クッソ!」
俺が手をこまねいている間も状況は悪化する一方。
ディザベルの身体は黒い魔力の霧に包まれて繭のようになっていた。
これ以上は本当に不味い。
俺は身体強化を限界まで高めてディザベルに近づこうと試みるが切り傷が増えるだけで1歩も前に進む事が出来ない。
「ディザベル!ディザベル!!」
しかし何度呼び掛けても繭からの反応は無い。
「どうなって……!」
突然、黒い繭から巨大な黒い光輪がこちら目掛けて放たれた。
「うっ!」
俺はろくに動くことが出来ずに巨大な黒い光輪を身体に受けた。
『ディザベル……私の眼をあげる……から……生き延びて…………』
『お姉……ちゃん……?』
『……ごめんね……ディザベルが初めて見る景色がこんな……の…………で』
「な、なんだ今の!?」
黒い光輪が身体を貫いた瞬間、知らない記憶が脳に直接流れて来た。
「……いや分かってる!これはディザベルの───!?」
『き、貴様!何者だ!?』
『……たった10年前の事も忘れたのか?』
『……ッ!お、お前!その眼は!まさか!?』
『そうだ……お前達を殺す為に……!私は地獄の底から這い上がって来た!!』
「記憶、か!?」
黒い光輪が身体に触れる度、脳にディザベルの記憶が流れ込んで来る。
「何なんだ……」
『クッ、異端者が!貴様の存在は私の仲間が!何より神が許しはしない!!』
『アハッ!女も子供も、妊婦や胎内の赤子すら殺して眼を奪ったお前達が今更神に縋る!?神が許さない!?アハハハハハハッ!!!あはははっ!…………いいよ』
『な、に?』
『お前の縋る都合のいい神が助けに来るか、本当に存在するか確かめてやる』
『何、を───アギャアアアアアアア!!足、足がァァァァ!!』
『私達を助けなかった神がお前を助けに来るまで何度も何度も何度でもお前を痛めつけてやる』
『あ、ああああ』
『絶対に殺しはしない、死にかけても治す、回復薬ならいくらでもある、さあ安心して神が来るのを待ちましょう?…………クヒッ!クヒヒヒヒヒヒヒ!!』
「何なんだよ…………」
『た、頼む、見逃してくれ!許してくれ!私には家族がいるんだ!』
『私から家族を奪った癖に?そんな事がよく言える』
『な、なら私を殺すのはいい!せめて家族だけでも見逃してくれ!』
『…………お前達は誰1人として見逃さなかったのに?』
『…………た、頼む……!』
『…………許せる訳が無い、私達を殺して得た金で何も知らず今ものうのうと生きていると思うと!憎くて!憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて!!…………だからもう殺しちゃった』
『へ?』
『ほら、いい顔でしょ?誰よりも強くて、頼りがいがあって、カッコいい、そんな愛しのパパが助けに来てくれなくて心の底から絶望してる、そんな顔!……フ……クヒ、クヒヒヒヒヒ!!』
『き、貴様ァァァ!!』
『お前で最後なんだよ!その顔を見る為にィ!!!』
「……何だよこれは!!」
『……私に見せたいものって何?』
『…………ジャァァァン!!』
『……ッ!貴女、その眼……!!』
『そうなの!私って生まれつき目が悪かったでしょ?だからお父さんが私に合う移植用の眼を買ってくれてね!ずっと休んでたのも移植してたからなの!……どうかな?似合う?』
『…………それは……その眼は…………!私の、私のお母さんの眼だァァァ!!』
『ひっ──────』
『…………はぁはぁはぁ……ッ!…………アハッ!アハハハハ!アハハハハ!ははは…………もうこんな国……滅んでしまえ…………』
「ディザベルッ!!!」
果ての無い怒りと憎しみに、その身を焼かれた女性の怨嗟の記憶。
俺は今にも何かを吐き出しそうな顔で記憶の持ち主である女性の名前を呼ぶと───
黒い繭が割れた。




