追憶
「さて、ガーンデーンに向かうとなれば明日から準備をせねばな。日用品と道中食べる食料の買い出しに馬車の手配と忙しくなるぞ」
久々にディザベルと二人で談笑を交えながら夕食を食べ終わり、一息ついているとディザベルが会話を切り出して来た。
「ん、馬車?例の空飛ぶ絨毯で行かないの?」
「あれは雨が降ると使えなくなるからのぅ」
「あ、そうなんだ…………いや考えてみればそれもそうか」
空飛ぶ魔法の絨毯なんて言っても屋根の無いオープンカーと変わらない訳だから、雨なんか降ったら絨毯も乗客もびしょびしょに濡れて最悪の長旅になるわな。
「ともかく今日は疲れた、早く寝るぞ」
「はいはい」
ディザベルは俺の目の前で服を脱ぎ始めパジャマに着替えだした。
「だ、だから恥じらいってもんを……!」
キョウはディザベルの着替えを見ないように目を背けながら、そそくさとベッドのある自分用の寝室に移動した。
「……なんで」
「んん、どうした?」
「なんで付いて来てるの!?」
やっと一人きりになれると思っていたら何故かディザベルが俺と一緒に寝室に入って来た。
そして、あろうことかディザベルは俺が寝るはずだったベッドに潜り込んだ。
「別に一緒に寝るくらい普通じゃろ?……ほれ早くせんか、寒いではないか」
ディザベルは布団を捲り、ここに入るようにとベッドをポンポンと叩く。
「あー、はいはい…………」
キョウは早々に抵抗するのを諦め、渋々ベッドに入ると、ディザベルは仰向けに寝ている俺の上から抱き付いてきた。
パジャマ越しに伝わる柔らかな感触、静かな吐息、おかしくなりそうな俺の精神。
「いやホント何!?今日一日、距離感おかしくない!?」
「ワシだって人肌恋しくなる時くらいある」
ディザベルの受けた肉体的、精神的ダメージを考えると何も言えなくなる。
…………しかし気を遣うのも一週間だけだ!それ以降は叩き返してやる!徹底抗戦するからな俺は!
「…………」
───なんて意気込んだものの、ディザベルの奴、自分から仕掛けて来ておいて抱き付くだけで他は何もして来ない。話しかけても来ない。
静寂の中、ディザベルの静かな吐息と自分の心臓の音だけが聞こえる。
まぢ苦しい、沈黙に耐えられない。
どうにかして会話を、会話デッキを今作るしかない───そうだ、あれだ!
「……契約の烙印って言ったっけ?何で一番弟子のジカスには押して俺には押さなかったんだ?」
「なんじゃ嫉妬しておるのか?」
ディザベルは意地悪く笑いながらキョウの胸を右手でゆっくりと撫でる。
「そんな訳あるか!」
俺はディザベルの手を払いのける。
「くふふ、照れおってからに~」
「照れてないから!いいから質問に答えろォ!」
「……はぁ…………まあ、気まぐれじゃよ」
ディザベルは、一呼吸置いてからキョウの質問に答えた。
「気まぐれぇ?」
「ババアの暇潰しとでも思っておけ」
「暇潰しぃ?ホントは人の愛に飢えた獣なんじゃ───」
「もう寝ていろ!!!」
ディザベルは跳ね起き、馬乗りの姿勢で白金の剣を召喚し、キョウの額に突き刺した。
「お”ぁ”!?」
キョウは全身麻酔をされたかのように一瞬で意識を失ってしまった。
「ハァハァハァ……!!こ、こやつ……!ワシが愛に飢えているじゃと!?ワシは!!」
他の人間は利用する為に、それは一番弟子であったジカスも変わらない。
追跡の手から逃れる為に奴の未来視の魔法が必要だったから利用しただけ。
追手から逃げ切れば利用価値の無くなったジカスは容赦なく捨てた。
ならキョウはどうだ?
「ワシは!!」
何故召喚した時に烙印を押さなかった?
「ワシは!」
そもそも何故、異世界から人間を召喚した?
「ワシは……」
決まっている、ワシは───
「…………もう寝る」
ディザベルはキョウに抱き付きながら眠りに付いた。
「…………ディザベル、ディザベル」
この声は……お母さんの声だ。
「ディザベル、私達の真名は家族以外には決して明かしてはなりませんよ」
うん、分かってるよ。
「……ですが家族以外に他に明かしてもよい人物がいます」
それって?
「それは自身のパートナーとなる人です」
パートナー?
「えぇ~、ディザベル知らないのー?」
この声は……大好きな、お姉ちゃんの声だ。
「いいディザベル、パートナーって言うのはね───」
「…………随分と懐かしいものを見たものだ」
ディザベルは遠い、遠い、過去の記憶を夢で見ていたが、その途中で目を覚ました。
まさか過去の記憶に刺されるとは思わなかった。
そうだ、他人に言われるまでも無く、分かっている。
当時のワシは切った張ったの世界にうんざりしていた。
だから追手も何もかも振り切り、やっとの思いで一人になれて清々した……はずだった。
やっとの思いで勝ち取った自由。
だけど同時に私には何も残ってなかった。
それに気付いた時、孤独に圧し潰されそうになってしまっていた。
誰でもいい、魔女としての自分を知らない誰かと話したい、接したい、そんな事ばかり考えて…………異世界転移の魔法を作ってしまった。
「…………ほれ、さっさと起きんか」
ディザベルはキョウの頬を軽く叩く。
「んごっ!?…………んぇ?……あ、あぁ……おはようございます…………」
キョウは寝起き特有のガラガラな声でディザベルに返事をした。
「今日から忙しくなると昨夜伝えたぞ?早く顔を洗って来い」
「あ”い”…………」
キョウは、のそのそと部屋を出て、洗面所に向かった。
「はぁ……全く……手の掛かる男じゃな」
…………分かってるよ、お母さん、お姉ちゃん。
私はキョウの事が…………そうだ、でなければ真名なぞ…………。
「…………馬鹿馬鹿しい。風呂にでも入って目を覚ますか」
ディザベルは、そそくさと備え付けの浴室に向かった。
「だから何で入って来るの!?」
先客がいたが無視して入った。




