#1
インスピレーションの女神様は、なかなかに意地の悪いお人だ。
ここは薄暗いボロアパートの自室。僕は半裸姿で座布団の上にあぐらをかき、額にかかった油っぽい前髪を遮二無二掻き上げたり、無精髭を意味もなく親指で擦ったりしながら、
(もういっそのこと、全部ダメになっちまえばいいのに)
そんな破れかぶれな思考と戯れていた。
周囲から見下されるばかりの三流クリエイターとして底辺を蠢き続ける人生は、もうまっぴらごめん。これ以上はご勘弁被りたい。
そこで心機一転、よし!と僕は膝を打つ。
もはや腐れ縁と化しているこのお笑い草な悲劇的状況を綺麗さっぱり払拭するために、インスピレーションの女神様がどんな人間を毛嫌いする傾向にあるのか、この際、とことん考察してやろうではないか。
……なんて気合を入れてみたは良いものの、ハハッ、これはどうもあれだな、とうとう僕にも巷でいうところの「ヤキ」ってやつが回ったらしい。
追い詰められた三十路男の哀しい戯言に、話半分でもお付き合いいただけたら幸いだ。
まずはじめに、インスピレーションの女神様は焦っている人間をめっぽう嫌う。
締め切りに追われている只中、あるいはアイディア出しに煮詰まっている最中、今すぐに何か実になるものをください、頼むからお願いします、だなんてやっている時に限って、その美しい顔を曇らせ、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「まったく、仕方のない人ね」
宿主の哀れな七転八倒ぶりを見るに見かねて、お情けの原石を授けてくれることも、まあ、あるにはある。
だが、そんな愚行を何度も繰り返すうちに、ある時からぷっつりと口を利いてくれなくなってしまったという事例は、枚挙に暇がないと伝え聞く。
次回へ続く