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あの子と私  作者: N
8/14

第八話

 退院は、思っていたよりも早かった。


 大きな怪我はなく、検査でも異常は見つからなかったからだと医師は言ったけれど、

 私自身には、それがまるで夢だったかのような“早送りの現実”に感じられた。


 母は何度も私に「怖かったんだから」と言い聞かせるように繰り返しながら、

 その実、何かを確かめたいような目で私を見ていた。


 私は、何も言わなかった。


 少女のことも、あの夜のことも。


 話してしまえば、きっと“おかしい子”になってしまう。

 私の中にだけ残っている記憶が、薄く壊れてしまいそうで——

 私はそれを守るように、黙っていた。


 


 数日が経った。


 昼間の空は夏らしく、白く焼けるような青だった。

 空を見上げるたびに、あの夜のことを思い出してしまう。

 あの足場、あの声、あの手の温度。


 けれど、それは私の中にしか残っていなかった。


 


 そんなある日。


 母が、帰宅した私を玄関で呼び止めた。


 「ねえ、ちょっと来て」


 声のトーンがいつもと違っていた。

 何かを飲み込んで、慎重に言葉を選ぼうとしているような話し方だった。


 私は靴を脱ぎながら、静かに頷いた。


 


 居間のテーブルの上に、紙が一枚、置かれていた。


 母が椅子に座りながら言った。


 「これ、さっきポストに入ってたの。隣のアパートの人からみたい」


 私は首をかしげて、紙を手に取った。

 それは手書きのメモだった。ボールペンの字で、整っていて、急いで書かれた感じではない。


 


 ──先日の夜、お嬢さんが落ちたという時間、

 向かいの部屋のベランダに、もう一人の女の子が立っていたのを見ました。


 お嬢さんが、手を引かれて出て行くのを見ました。

 夢でも見たのかと思っていたのですが、気になって書いてしまいました。


 見間違いかもしれませんが、どうかお大事に。


 


 私の指先が、震えた。

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