第七話
喉が痛むのを我慢しながら、少しずつ息を整えて、私は口を開いた。
「……私……」
それ以上が出てこなかった。
少女のことを言おうとして、言葉が引っかかった。
どう話せばいい? 夢の話のように? 幻覚だったと?
でも、あのとき触れた手の温度。あの声。
忘れられるものじゃなかった。
私は、左手に違和感を感じた。
ゆっくりと視線を移し、そっと手のひらを開いた。
そこに、跡が残っていた。
淡い赤みがかった、掌のかたち。
まるで、誰かが強く握ったあと、そのまま染み込んだような。
指先がくっきりと食い込んだ線となって、残っていた。
私は息を呑んだ。
やっぱり、いた。
夢なんかじゃ、ない。
私は、確かにあの子と——
「……!」
病室のドアが勢いよく開いた。
「あ……よかった……!」
母の声だった。
駆け寄ってきたその顔には、涙のあとがあった。
頬が赤くなっていて、目は腫れていた。
「ほんとに、ほんとに……! なんであんなこと……!」
私は、言葉を飲み込んだ。
母の顔を見ても、何も言えなかった。
少女のことを話しても、信じてもらえるとは思えなかった。
きっと、もっと心配させてしまうだけだ。
「……高いところから落ちたなんて……一体どうして……」
母の手が、私の肩にそっと置かれる。
でも、その温度も、少女の手の温度とは違った。
私は視線を落として、そっと自分の手のひらを握った。
あの小さな跡が、すうっと指の間に隠れていく。
誰にも言わない。
言えない。
でも、私だけは、確かにあの子を覚えている。
たとえ、誰も信じてくれなくても。