十二話
気づけば、あの夜からひと月が経っていた。
手のひらの跡は消えてしまったし、
足元に広がっていた風の感触も、もう指の隙間からすり抜けてしまったようだった。
けれど、あの子のことだけは、日が経つにつれて胸の奥に沈んでいく代わりに、
ますますはっきりとした輪郭を持って、私の中に居座り続けていた。
ほんの一瞬の出会いだったはずなのに、忘れるどころか、
ふとした瞬間に彼女の声が耳元に蘇ってくる。
──「忘れてる?」
その言葉が、妙に引っかかっていた。
“忘れてる?”ということは、
私はかつて彼女のことを“知っていた”のだろうか。
ある夜、私はノートパソコンを開いた。
あまりネットを使う方ではないけれど、どうしても確かめたくなった。
「六階」「転落」「少女」「○○市(地名)」
思いつく限りの言葉を組み合わせて検索する。
事故当日のニュース記事は、ほんの数行のもので、
私の名前も「未成年のため匿名」とされていた。
でも、その下に、一つの小さな掲示板が表示されていた。
それは向かいのアパートの住人たちが利用している地域掲示板だった。
──7月×日夜、ベランダに立っていた子を見た人いますか?
という投稿が、数日前にされていた。
スレッドは短く、返信もわずかだったけれど、その中に一つだけ、私の心を止める言葉があった。
──白いワンピースの子、見ました。
──細い腕で、誰かと手を繋いでたように見えた。
──顔までは見えなかったけど、あれって子どもだったんでしょうか……。
投稿者の名前は仮名で、「たつき」とだけ記されていた。
しかし、プロフィールをクリックすると「このユーザーは削除されています」と表示されるだけだった。
連絡する術はなかった。
それでも、私は少しだけ、息を詰めた。
やっぱり、あの子は私一人の幻じゃなかった。




