第十一話
ある日、学校からの帰り道。
いつも通る道でふと足を止めた。
夕陽がアスファルトを赤く染めて、影が長く伸びていた。
少し先、電柱のそばに、小さな後ろ姿が見えた。
白いワンピース。
風に揺れる、肩までの髪。
私は思わず足を止めた。
でも、次の瞬間、その姿はひらりと角を曲がって消えてしまった。
走り出して追いかけても、もうそこには誰もいなかった。
ただ、風が通り過ぎていくだけだった。
「……幻覚じゃ、ない」
誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
幻覚なら、こんなふうに自分の心臓が跳ねたりしない。
幻覚なら、足音まで聞こえるはずがない。
誰かがそこにいた。
確かに、いたのだ。
私の中では、あの子は“幽霊”なのかもしれないと思い始めていた。
でもそれは、怖いものではなかった。
むしろ、優しくて、懐かしくて、どこか切ない存在だった。
名前も、理由も、すべてがわからないのに、
なぜか彼女のことを“知っている”気がするのは、いったいなぜなのだろう。
その夜、私は日記を開いた。
誰にも見せたことのない、いつから書いているのかも覚えていない小さなノート。
久しぶりにペンを持って、文字を書き出す。
──あの子に、もう一度会いたいと思っている。
でも、それが叶わないことも、きっとわかっている。
名前も知らない。声も、姿も、少しずつ曖昧になっていく。
だけど、手の温度だけは、まだ思い出せる。
あの夜、私の手を掴んでくれた、その瞬間のことを。
私を呼んだ声を。
そして、「ありがとう」と言って、消えていったことを。
私は、忘れない。
何が真実で、何が幻だったのか。
それを知ることはできないかもしれない。
けれど、私はあの夜、確かに“誰か”と出会った。
それだけは、ずっと、胸の奥に残り続けている。




