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第十話
日常は、何事もなかったような顔をして、私を包み込んでいた。
授業。昼休みのざわめき。夕方の空気の匂い。
変わらない景色のなかに、私は戻ってきていた。
けれど、自分のなかだけが、ほんの少しずれていた。
まるで、見慣れたはずの教室の空間が、透明な膜越しに見えるような。
声は届くのに、触れられないような。
そんな感覚が、心のどこかにいつまでも居座っていた。
夜、部屋の明かりを消してベッドに潜ると、思い出すのはあの手の温度だった。
ひんやりとしていて、でもどこかに熱が残っていた。
骨と筋肉の形が、指先にしっかりと刻み込まれていた。
夢なら、そんなふうには覚えていられない。
“ありがとう”というあの声も、まだ耳の奥に残っている。
不思議と、あのとき聞いた言葉ははっきりと記憶に焼き付いていた。
彼女がなぜ私に感謝したのか。
なぜ、現れて、消えたのか。
それは最後まで何もわからなかった。




