赦しの時、創り直す未来
~勇者視線~
神界の空間が歪む。時間も、光も、存在そのものが巻き戻されていく。
世界が逆さに流れる中、僕たちはその中心をまっすぐに進んでいた。
「過去へ続いているのよ」
女神の声は、静かで澄んでいた。
やがて、世界が定まった。
目の前に広がるのは、今とは違う神界。荘厳で、どこか孤独を感じさせる場所。
その中央に、始まりの神が立っていた。
「……何をしに来た」
彼の声は、どこか壊れかけている。
けれど、まだ完全に崩れきってはいなかった。
「始まりの神……」
僕は自然とその名を口にしていた。
「なぜお前たちがここに? 私はまだ……破滅を選んでいない」
「だからよ……あの時、私は……あなたを止められなかった。でも、今なら違う」
女神が前へ出る。
神の目が、僕たち全員を見つめる。その奥に、無限に近い孤独が揺れていた。
~女神視線~
彼の目は……かつての神そのもの……けれど……もう私たちの知る始まりの神ではなかった……
彼は神である前に、孤独な存在だったのだと、今になってやっと分かる。
「お前たちは何をしに来た」
神の声は低く、感情が削がれているように聞こえた。
「あなたを赦すために来たの」
私は言い切った。過去の私は、そう言えなかった。
「赦す?」
神は眉ひとつ動かさず返す。
「私は……この世界を間違えた。滅びさせた。人を欺き、神を壊した。お前たちもその被害者だろう?」
~勇者視線~
「あなたの作ったこの世界があったから、僕たちは出会えた」
「……出会い?」
「希望も絶望も、間違いも正しさも、すべてあなたが作った世界にあった。僕は――それを全部、大事にしてる」
始まりの神の表情が揺れた。ほんのわずかに。
「あなたが生み出した苦しみが、僕たちを育てたんだ。だったら僕は、あなたを責めるより……赦したいんだ」
その言葉は、自分でも不思議なほどに自然に出ていた。
始まりの神は沈黙していた。
けれど、その沈黙には、怒りも拒絶もなかった。
「それでも……私は……」
かすれたような神の声がこぼれる。
始まりの神は、しばらく何も言わなかった。
静寂の中、光の層が静かに流れている。僕たちは、彼の答えを待った。
そして、ようやく。
「……なぜだ?」
その声は小さく、弱かった。
「なぜ、私を赦せる?」
僕はゆっくりと息を吸って、言葉を選ぶ。
「たぶん……僕も、自分を赦したいからだと思う」
「……お前が?」
「僕は過去の分岐で、多くの選択を間違えた。誰かを傷つけた。何も守れなかったこともあった。それでも……またやり直せたから。誰かが、僕を信じてくれたから」
始まりの神が、顔をわずかに上げた。
「だから今度は、僕が信じる番なんだ。間違っても、絶望しても、それを終わらせる理由にはならないって、あなたに伝えたい」
~女神視線~
その言葉は……私が過去に伝えられなかったもの……
私は彼を止めることができなかった……だから……今度こそ……
あなたを選ばなかったのは……私たちよ……でもね……選ばなかったことを……私はもう悔いてない……
選べなかったのは……あなたも同じだったから……
~勇者視線~
神の声は、まるで風のように優しく響く。
「赦されたことが、これほど苦しいとはな……だが……ありがとう、勇者」
「僕ひとりの力じゃない。みんなが、あなたを信じたから」
「私は……創り直したい。滅ぼすのではなく、今度こそ、育てたい世界を」
僕の中に、始まりの神の力が流れ込んでくる。
「君に、世界を託す。未来を紡ぐ者よ――次の時代を導け」
僕は深く、うなずいた。
「わかったよ。全部、受け取る」
そして、世界が再び、揺れ始める。
始まりの神の座が崩れ、光に包まれた僕たちは――次なる場所へと、導かれていく。
眩しい光の中から現れたのは、見慣れた空だった。
風が吹き、草が揺れ、雲が流れていく――僕たちは元の世界に戻ってきていた。
けど、何かが違う。空気の流れ……命の息吹……すべてが、澄んでる。
世界が、変わっていた。
いや――変わり始めている。
~女神視線~
これが……彼の力……
始まりの神が力を託したことで……世界は根本から修復されていく……
崩れていた時の歯車が……ゆっくりと噛み合い……未来へ向けて再び回り出した……
これなら……希望は残せる……