神域の試練、そして裏道より来たる者
~勇者視線~
目が覚めた。
けれどここは、世界のどこでもない場所。
空はなく、大地も曖昧。まるで色すら存在しないような、灰白の空間だった。
気配も、時間の流れもない。
「ここが……神域の境界……」
歩き出すと、風もないのに衣が揺れ、足元に波紋のような光が広がった。
その中心に現れたのは──
もう一人の僕だった。
「……やあ、ようやく来たね」
姿も声も同じ。でも、目が違う。
全部を見透かすような、深淵を宿した瞳。
「君は、本当の自分を知らないまま戦ってきたんだ」
「何を──」
「君はなぜ戦う?」
「……守りたいから。誰かの笑顔を、未来を……」
「違う。それは表面にすぎない」
「……っ」
影の僕は、静かに手を広げた。
「思い出せ。“何のために創られたのか”を」
「君が“勇者”である意味を」
声が、空間を震わせる。
景色が崩れ、今までの旅の記憶が断片的に浮かび上がる。
魔王との戦い。
女神との出会い。
ハナの涙。
──そして、名も知らぬ何かに縛られていた最初の記憶──
この試練は……過去と対峙するもの……
背筋が震えた。
心の奥に、なにかとてつもなく大きな「真実」が眠っている気がした。
~女神視線~
彼の気配が薄れていく──
やっぱり、これは神域の試練。
記憶、存在の核、本質との対話……そんな場所に引きずり込まれたら、普通なら戻ってこれない。
けど、彼は普通じゃない。
「ハナ、準備できた?」
「うん……でも、ほんとにこの道、通れるの?」
「裏道よ。神域の裏……正式な門ではないルート。リスクは高いけど、やるしかない」
「……私、お兄ちゃんを守る。だから、行く」
ハナの瞳に、決意が宿っていた。
彼女はすでに“鬼神の血”を目覚めさせている。
神域の鍵の一端を持っているのだ。
女神は空間に手を伸ばす。
透明な膜のようなものが、裂けた。
「彼の心が、試練に負ける前に。間に合って……」
2人の姿が、次元の狭間へと消えていった。