少女の過去の記憶
私は名前を……もう覚えていない……
でも、微かに村で家族と一緒に暮らしていた記憶が……
小さな村……みんな優しく……幸せだった……
だけど、ある日……村に災いが……
瘴気が村を覆い……人々が次々と倒れていった。
その原因は……近くの山にいる鬼……長老が言った……
「鬼が襲ってくる……誰かを捧げねば、村は滅びる」
そうして選ばれた……私が……
「ごめんね……許して……」
母の震える声……父の泣きそうな顔……村人たちの怯えた目……
私はまだよくわからなかった……家族が悲しそうにしているのが嫌だった……
「大丈夫だよ」
泣きそうな母を慰めようと……そう言ったけれど……
自分の言葉が空虚に響いた……今でも覚えている。
巫女たちに連れられ、山の奥深くへと進んだ。
石造りの古い祭壇。冷たい空気が肌を刺す。
彼らは私を縛りつけ、祈りの言葉を唱えた。
――そして、鬼が来た。
恐怖の咆哮、体が震える。
血のように赤い瞳が私を見つめ、世界が黒に染まった。
それから先の記憶は、ぼんやりしている。
でも、次に意識を取り戻した時……私は私ではなくなっていた。
鬼神としての意識が、私を飲み込んでいった。
人の心を失い、憎しみや悲しみだけが渦巻いて、
気が付けば自分の意志ではない力が私を突き動かしていた。
「守らなきゃ……でも、痛い……苦しい……」
そう思うたび、鬼神として誰かを傷つけていた。
やがて女神と魔神が現れ、私を封印した。
力を失い、深い眠りについたはずだった。
けれど、どこかでずっと……誰かが助けてくれるのを待っていた。
だから……
「ありがとう、お兄ちゃん」
私を救ってくれたその人に、心からそう伝えたかった。