第3話 間一髪
ツヨシはその場に立ち尽くしていた。
目の前には、鋭い牙を剥き出しにした巨大な魔物が迫っている。
赤い瞳は地獄の炎のように輝き、低く唸り声を上げながらじりじりと距離を詰めてきた。
その足音が地面を揺らし、ツヨシの耳には心臓の鼓動しか聞こえない。
「なんでこんなことに…!」
ツヨシは心の中で叫びながらも、全身が震えるのを止められない。
その手には古びたカメラが握られていた。なぜこんな時にカメラを握っているのか、自分でもわからない。
ただ、何かにすがりたい気持ちだけが手を動かしているようだった。
魔物の咆哮が森中に響き渡り、ツヨシは絶望的な現実に引き戻された。
「まずい、こいつ…本気で俺を仕留めにきてる…!」
魔物が突進してきた...!!
その瞬間、ツヨシは足を滑らせ、よろめきながらカメラを構える格好になった。慌ててバランスを取ろうとした手が、カメラのボタンに触れた――。
突然、カメラから青白い光が爆発するように放たれた。
周囲の暗闇を一瞬で塗り替えるその光は、ツヨシの目にも痛いほどだった。
「な、なんだ…?」
目を細めながら光が収まるのを待つツヨシ。次に目に入ったのは、のたうち回る魔物だった。
魔物は目を押さえるように前足を振り回し、周りの木々を薙ぎ倒している。
ツヨシは、信じられない思いでカメラを見つめた。
だが、ガラクタだと思っていたそのカメラが、ツヨシの命を救った。
「今だ!」
ツヨシは全速力で走り出した。
走り続けるツヨシの耳に、後ろから聞こえる木々の倒れる音や魔物の苦しげな唸り声。
それらを振り切るように走り続けたが、数歩進んだところで異変に気づいた。
「少女がいない…!」
振り返ると、先ほど一緒にいた少女が後ろでうずくまっていた。
「何をやってるんだ!?早く逃げないと!」
ツヨシが叫ぶと、少女は震える声で答えた。
「目が…目が...見えない…!」
フラッシュの光で、少女の目がくらんでいたのだ。
「くそっ…!」
ツヨシは迷う間もなく少女の元に戻った。そして彼女の手を取り、必死に声をかけた。
「大丈夫か!?立てるか?とにかく走らないと、ここで捕まる!」
少女は震えた手でツヨシの腕を掴んだ。
「見えないけど…なんとか立てる…」
彼は彼女を支えながらなんとか立たせ、そのまま再び走り出した。
後ろから聞こえる魔物のもがく音、木々が倒れる地響き――それが徐々に遠のいていく。
「頼む…これ以上追ってくるなよ…!」
息を切らしながら森の奥深くへと駆け込み、ようやく魔物の気配が消えた時、ツヨシは足を止めた。
「どうだ?まだ目は見えないのか?」
少女は荒い息を整えながら答えた。
「うん…少しずつ見えてきた…。でも、あの光…とんでもなかった…。目が焼けるかと思った…」
ツヨシは手元のカメラをじっと見つめた。
「まさか…このカメラが、俺たちの命を助けるなんてな」
フラッシュが魔物を怯ませただけでなく、目を奪うほどの威力を発揮した。
ツヨシの中で、このカメラへの見方が変わり始めていた。
「この世界の生き物は…突然の強い光に異常に弱いのか?」
それとも、このカメラそのものに特別な力があるのだろうか――。
少女はツヨシの手をそっと握り返し、柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう…。あなたが助けてくれなかったら、私…もう生きていなかったかもしれない」
ツヨシは肩をすくめ、少し照れくさそうに答えた。
「いや、俺が助けたというより…カメラのおかげだよ」
少女はくすりと笑い、言葉を続けた。
「もうすぐ私の家があるの。安全な場所だし、お礼もしたいので、ぜひ一緒に来てください」
ツヨシは一瞬迷ったが、彼女の真剣な表情を見て頷いた。
「わかった。案内してくれ」
二人は森を進みながら、ツヨシは再びカメラを見つめた。
「ただのガラクタだと思ってたけど…このカメラ、本当にただのカメラじゃないのかもしれないな。後で、いろいろ調べてみないと・・・」
(続く)