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紫苑に露  作者: 花信風描
第七章 落花
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第七十五話

夜更け、琥珀は無事望月に連れられ殿に辿り着いた。

望月にされるがまま湯浴みをし、されるがままに床に就いた。


望月は何とかその過程で琥珀が先ほど言ったことを忘れてくれないか願っていたようだが、放心状態になっても琥珀ははっきりと覚えていた。


「おい、望月」

琥珀の全ての寝支度を済ませ、そそくさと部屋を後にしようとした望月の背中を地を這うような声で呼び止めた。


「忘れたとは言わせない。知っていることを全て話せ」


ギクリと足を止めた望月の背中からは、あと少しだったのに!という声が聞こえてきそうだ。

何か考えていたのだろうか暫く背を向けたままだったが、やっとのことで顔を見せた。

その顔は、先ほどまでのわざとらしい作り笑いとは打って変わって、初めて見るほどの真剣な顔だった。


「………私が知っていることの全てをお話しする前に、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「………なんだ?」

散々焦らされて我慢の限界が喉辺りまで来ていたが、初めて見る望月の顔に、流石に文句は言えなかった。


「琥珀様、監獄に向かわれた後なぜあんなにも取り乱していたのですか?」


予想外の問いに意表を突かれ琥珀はピタリと動きを止めた。

望月には王宮の外で大事な人ができたことなど話していない。

けれど、確かにもっともな話だ。

犯人を糾弾するつもりで出て行った琥珀が涙を流して取り乱していたら不思議に思うだろう。


「犯人は……俺が外で知り合った人だった」



「なっ………!!」

思わず後退りした望月は、外に人がいないか念入りに確認した後、全ての戸を閉めた。


「どういうことですか……!?なぜ琥珀様があの者と」


「俺が仲良くなった……えと、友人の父親だ」


「な……なんということ、」


「あと、俺が王宮の塀から落ちた時に保護してくれたのも彼だった」


望月はあまりの衝撃に眩暈がしたのか頭を抱えた。


「その友人から、父親が暫く遠くに行くって話は聞いてたんだ。でもそれがまさか王宮で、兄上の主治医としてだとは知らなかった」


望月は頭を抱えたまま黙ってしまった。

望月が何を心配して、何を聞こうとしているか、さすがの琥珀でも分かった。

望月はおそるおそる口を開いた。


「まさかとは思いますが……その友人とあの者は、琥珀様が王子様で、青藍様の弟君だということは知らずに接していたのですよね?」


「………当たり前だろう。知っていたらわざわざ俺に嘘はつかないはすだ」


「……ならば良いのですが」


「俺についてはこれだけだ。望月、次はお前の番だ。なぜ彼が王宮に、しかも兄上の主治医だった?確かに巷で有名な医者だが、だからといって王宮にはこれないはずだ」


扉は全て閉まっているというのに、望月はまた辺りを見回した。

そして、またおそるおそる話し出した。


「あの者を王宮に連れてきたのは王様です」


思いもよらぬ人物の名が挙がり、琥珀は思わず目を見開いた。

「ち……父上だって!?ありえない……父上はやりすぎるくらいに尊卑にうるさいんだ!お前だってそれは知ってるだろう!?そんな父上が兄上の主治医に外の者を呼ぶなど狂ってる!」


「………あの者は、ただの外の者ではないのです」


「私ぐらいの歳以上の官吏であれば誰でも記憶に残っています。ちょうど王様が琥珀様ぐらいの歳の時、あの者は王様の専属医として王宮にいたことがあるのです」


「な、そんな話一度も…」


「誰も言わないでしょう。あの者はおろか、王様にとっても思い出したくない過去でしょうから」


_______________



それから琥珀は、猛龍と蓮司、そして寧々や黒蛇のことを全て聞いた。

かつては猛龍も琥珀のように無邪気な考えを持っていたことや、二人が喧嘩別れのような形で縁を切ったことも。


それらは琥珀にとってあまりにも衝撃的で、事の全てを完全に理解できなかった。


「ですから、“蓮司”という名を再び聞いた時、彼を知る者は皆本当に驚いたのです。王宮の規律やその過去を振り切ってでも王様は青藍様をお救いになりたかったのに、その想いがまさかこんな形で踏み躙られるとは……」



琥珀は何も言葉を発することができず、ただ呆然とするしかなかった。

事は、琥珀が考えていた以上に複雑すぎて、どう自分の感情を持っていけばいいのか分からなかった。


「琥珀様、あの者と王宮外で知り合いだったなど、絶対に他の者に言ってはいけませんよ?それと、二度と監獄へは近づかないこと」


「………なぜだ?」


「なぜってそれは…琥珀様があらぬ疑いをかけられては困るからですよ!私はもちろん琥珀様の言葉が全てですが、他の者が聞いたら何を言われるか分かりませんから!!」


琥珀は最初、「ああ、そうか」と受け流そうとしたが、よくよく考えてみてぎょっとした。

「………お前っ!!!俺が彼と共謀したって言いたいのか!!?」

琥珀は壁をバンッと叩いたが、望月も怯まず続けた。


「琥珀様っ!!あの者は青藍様を殺めた犯人なのです!そもそも貴方様が王宮を出ていた事でさえ問題だったのに、そこで犯人と親密だったと知ったら、疑われない方がおかしいでしょう!?」


「この俺が兄上を………なんて事言うんだ!!」


「琥珀様……!あなた方兄弟が非常に仲睦まじかったのは私が一番よく分かっております。しかしながら、王様はじきに王位継承をなさるおつもりで、そのためにあの者を呼び、青藍様の治療にあたらせた。そこで毒殺があったのです。その犯人と第二王子が実は知り合いだった………どうです?これで大臣たちは本当に貴方を疑わないとでも?」


正論を言われては、琥珀も言うことがなかった。

勿論、琥珀と蓮司にそんな事実は何もなかった。

琥珀が外に出ていたのだって、単純に王宮が嫌で、外が楽しかったからだ。


「…………どうなる」


「はい?琥珀様、何とおっしゃいました?」


「………彼は、これからどうなるんだ?」


「勿論、極刑に処されます。ただ、まだ何も吐かないのと調べが完全には終わっていないので生かしているだけです。まあ………あの拷問の様子では、生き地獄かもしれませんが」



「………なあ、望月。分かってるけどさ、もう一つ聞いてもいいか?」


「何でしょう?」



「………彼の家族は、どうなる」

声が震え、言葉尻は小さくなる。


望月は最初すぐ答えようとしたが、琥珀の表情を見て止めた。

ここで即答してしまうのは、あまりにも残酷だろう。


「…………じきにあの者の家にも調べが入ります」

望月はそう答えるしかできなかった。



「……………そうか」

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