第七十一話
冷たい風が吹く夜、蓮司は一人牢の中にいた。
何がどうしてこうなったのか、蓮司には何も分からないままただ呆然としていた。
ただ、どう足掻いても変わらない事実は、今蓮司がこの場所にいる理由だ。
蓮司が持参した薬に得体の知れないものが含まれていたこと。
そして、そのせいで青藍が死んでしまったこと。
残酷にも、そのことははっきりとしている。
これから自分がどうなるのか、そんなことは王宮に少しでもいた蓮司でなくても、誰の目から見ても明らかだ。
事の次第を全て尋問され、すぐに処刑されるのだろう。
(何をどう言えばいい……もちろん毒など仕込んでいないし、私が毒味した時は何も問題は無かったというのに)
そう身の潔白を訴えたいと同時に、青藍が亡くなったことに対して、もし対応が違ったら助かったのではないか?
もしかして、調合を間違えていたのではないか?
そんな自責の念が、蓮司の心を蝕んでいた。
青藍は若いにも関わらず、本当に素晴らしい人だった。柔和な笑顔と、誠実さ。たまに見せる年相応さも可愛らしい人だった。
青藍が王になれば、世は自然と明るくなるだろう、蓮司は政など全く分からないが、なんとなくそう感じていた。
(それなのに、私は彼を……)
「毒など仕込んでない」それは胸を張って言えるのに、「何も責任はない」とはどうしても思えず、心臓が刺されたような痛みが走る。
遠くから大勢の足音が聞こえてきた。
「…………!」
近づいてきた人物の顔を見て、蓮司の全身から血の気がひいた。
喪服に身を包んだ大柄な男が現れたからだ。
「王………様」
けれどその顔には、蓮司が今まで見たことないぐらいの疲労がにじみ出ている。
猛龍は青藍の牢の前で足を止めた。
蓮司を見下ろすその瞳からは、怒りなのか憎しみなのか、それとも限りを知らない悲しみなのか、どんな感情かがもはや読み取れない。
死んだような目。それが一番よく表している言葉だろうか。
「お前は………やはり私のことを憎んでいたのだな」
猛龍のその声にいつもの覇気は無い。今にも消え入りそうなほどだ。
「違います………王様。私……私は」
蓮司がそう言った途端、さっきまで死んでいた猛龍の瞳に火が付いた。
「違うだとッ!?何が違うというのだ!この私の前で戯言を言うとは随分と馬鹿にされたものだ!!」
「王様ッ!!」
「私を恨んでいるのなら私を殺せばよいではないか!なぜ……責められることは何もない青藍を殺したのだ!?あの子が何をしたと!?」
「違いますッ!!私は本当に青藍様を救いたかった!!」
「じゃあなぜ青藍は死んだ!?お前の薬で死んだのだんだぞ!!お前しかいないだろう!!」
「王様っ………!」
猛龍は牢の外から蓮司の胸ぐらをつかんだ。
「ッ!!……………」
「俺のせいで大事な友を見殺しにしたから、復讐として私の大切な…本当に大切な息子を殺したのだろう!!?大人しく王宮についてきたのは最初からこれが目的だったのか!!」
掴まれる力があまりにも強すぎて、蓮司は上手く呼吸ができない。
「………私は…医者です。天に誓って………そんなことはしません」
二人とも、その頬は涙でぐちゃぐちゃだ。猛龍の背後には護衛もたくさんいるというのに、二人は周りや身分さえも忘れ、ただただお互いの気持ちをぶつけ合った。
「…………お前を信じた私が馬鹿だった!!大馬鹿者だった!!」
猛龍は蓮司の胸ぐらを両手で掴み、首を絞める勢いだ。
蓮司は意識がだんだんなくなってきた。
「お……王様、もう、りゅう……様」
「あ…………あなた!!!」
もう少しで意識を手放すところに、甲高い声が響いてきた。
「止めて!!あなた!」
何者かによって、猛龍の手は振りほどかれた。
急に地面に落とされた蓮司は、やっとのことで深く息を吸うことができた。
「寧々!なぜ私を止めるのだ!!私が悪いとでもいうつもりか!!?」
(…………寧々?)
まだ意識が朦朧とする中、蓮司の耳には聞いたことのある名が聞こえた。
「駄目よ止めて!!私だってあなたと同じ思いよ当然でしょ!?だけどあなたがこんなことしたらあの子が悲しむのが分からないの!?」
「青藍は蓮司に殺されたのだぞ!!?俺が此奴を殺すなど青藍だって願ったり叶ったりだろ!!?」
「……………え?」
寧々の猛龍を掴む手が緩んだ。
「あ…………あなた、蓮司ですって?何かおかしくなってしまったの?蓮司はもう何十年も前に死んでるのに、なぜあの子が蓮司に殺されるのよ」
「お前こそ何を言ってるのだ!蓮司が死んでいるだと!?じゃあ、今我々の前にいるのは誰だとっ!!?」
「う………嘘よ、蓮司は死んだってお父様が言っていたもの」
「死んだだと?よく見てみろ!!此奴は蓮司だ!!“あの”蓮司が私たちの大事な青藍を殺したのだ!!」
蓮司は髪を掴まれ再び吊るし上げられ、寧々の方に顔を向かされた。
「…………………ッ!!!!」
もう何十年も経っているというのに、顔を見た一瞬で寧々は言葉を失った。
口を手で押さえ、もう片方の手で何とか自らの身体を支えているものの、その両手は震えが止まらない。
「………嘘よ、嘘だと言って………」
死んだと思っていたかつての想い人が実は生きていたこと、そしてその人が自らの命よりも大事な息子を殺したこと。そのあまりにも残酷すぎる事実二つを前に、寧々は膝から崩れ落ちてしまった。
その寧々の様子を見た猛龍は何かに気付き、二人を交互に見て嘲笑った。
「なあ、寧々よ。やはりお前は蓮司を好きだったのだろう?だから清も死んだと嘘をついたのだな………ハッ!!どうだ今の気分は!!?息子を想い人に殺された気分はどうだ!!?アッハハハハ!!哀れだ………哀れすぎるだろ!!!」
「あなたもう止めて!!!何も言わないでっ………!」
もうこの場はあまりにもぐちゃぐちゃだ。
いい歳した大人三人が狂ったように泣いている。この場に居合わせた護衛の者たちは互いに顔を見合わせどうしようかと戸惑っている。
「ハッ!!!そうなると私は完全に邪魔者だな!寧々よ、蓮司が処刑されるまでの間、せいぜいお別れ話でもしておくんだな!!」
蓮司を乱暴に投げ捨て、猛龍は本当に出て行ってしまった。
護衛の者たちも慌てて後を追った。
暫く、蓮司と寧々は二人ともそのまま動けなかった。
「………王妃様、御身体に障ります。戻りましょう」
やっとのことで、寧々の付きの者が恐る恐る話しかけた。
「……大丈夫よ、」
寧々は差し出された手を優しく振り解いた。
「少しあの者と二人にしてくれないかしら」
「……王妃様、あの者は罪人でございます。流石にそれは……」
「大丈夫、大丈夫だから」
寧々はあまりにも予想外の返答にたじろぐ言葉を遮った。
「ね、お願い」
寧々にそう頼まれては、従うしかない。
付いていた者たちは躊躇いながらも、寧々を残して帰っていった。
彼らが居なくなったことを確認してから、寧々はふらつく身体を何とか支えながら、蓮司に近づいた。けれど、蓮司がどう頑張って手を伸ばしても届かない距離が二人の間に空いている。
「……………王妃様」
「私ね、お父様から貴方が王宮を抜け出して流行病で死んだと聞かされていたの。その時の私の気持ち、貴方に分かるかしら?」
蓮司は何も答えられなかった。寧々がなぜ今そんなことを言うのか分からなかったからだ。
「その時の私だったら、貴方がまだ生きていたと知ったら天にも昇る気持ちだったでしょうね」
寧々は懐から何かを取り出した。
「………これね、あの子がくれた桜の花びらを栞にしたの。あの子と満開の桜を見た時、私はこれからもずっと一緒にいられると思った。本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかった」
まさか青藍の母親が寧々だったとは。自分は寧々の子を救えなかったのだ。
蓮司の心はもう何百回も刺され、流す血すらもう無かった。
「ねえ、蓮司………どうしてあの子は死んだの?」
「どうして………あの子に少しの希望を与えた後に殺すなんて残酷なことをしたの?私たち王宮の人間が貴方に何かしたからといって…………なぜ、なぜその復讐をあの子にしたの?」
蓮司は牢の柵を両手で掴み、何とか寧々に訴えたかった。
「王妃様…………どうか、私の話を、」
____こんなことなら、貴方は何十年も前に死んだと思ったままの方が幸せだった
そう言われた途端、蓮司の全身の力は抜け、その場にただ膝をつくことしかできなかった。




