第七十話
「おや、何だか外が騒がしいな?」
静かに茶を飲みながら、清氏はちらりと窓の外を見た。
「そこにいるか?」
「はい、清様」
清氏が一言発するだけで現れる伴氏は、本当に忍びのようで側からみると大層恐ろしい。
「なぜあの者たちはあんなに血相を変えているのだ?」
そう問われ、伴氏は辺りをちらりと見やった後、清氏の耳元まで近づいた。
「例の件が成功したようです」
「おお、そうか。それは良かった」
案外清氏の反応はあっさりしていた。
変わらず茶を飲み続け、喜んだり興奮したりする様子は全く無い。
「しかし其方、よくあんな都合の良いモノを入手したな」
「………健康な者とっては実質無害でも、青藍様のように普段からよく薬を飲まれている方にとっては毒になりうるものがあるようです。ましてやあのお身体。症状は通常の人よりかなり強く出るでしょう」
清氏は持っていた湯呑みを丁寧な仕草で机に置いた。
「ハハハッ……何とも恐ろしい話だ。いくら凄腕の医者であっても毒見をして問題無いなら疑わないだろう」
「まさしく」
外は人が右往左往慌ただしく行き来しているというのに、やはり清氏は優雅に茶菓子まで食べ始めた。
「清様、向かわれないのですか?」
伴氏が静かにそう問うと、清氏は軽く笑った。
「なぜ行く必要がある?私は普段野次馬などしないのに顔を出せば皆に怪しまれてしまうだろう?行かなくとも、知らせは勝手に来る」
そう言うと、まるで打合せたかのように何人もの足音が不揃いな煩い音を立てて近づいてきた。
「ほら、私の言った通りだろう?」
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「青藍様っ!!!!」
青藍は辛うじてまだ生きている。
ただもう息は切れ切れで、医者ではない者が見たら生きているのか死んでいるのか分からないぐらいだ。
青藍の寝ている布団や衣服だけでなく、美しい顔や髪までも血だらけだ。
(なんでこんなことになったんだ!?薬に何も異常は無かったのに!)
あまりにも予想外のことが起き、それなのに医官も解毒薬も得られない。
医者をしていて、今までそんな事態を多く経験してきたというのに、蓮司の頭は上手く機能しないほどに混乱していた。
蓮司は青藍の側まで駆け寄り、身体を支えその手を握った。
「…………必ず、必ずお助けしますから」
上手く機能しない頭でも、蓮司は今までの経験から数多の可能性を考えた。
絶対に死なせたくない、ただその一心だった。
けれど、青藍は器具や残された薬を準備する蓮司の裾を弱いながらも引っ張った。
「……れ、れんじ、さん」
ひゅうひゅうとした息の中、僅かにそう言ったのが分かり、すぐに振り返った。
振り返ると、血だらけで顔面蒼白になった青藍が震えながら首を横に振っていた。
「駄目です話したら………」
「…………わ、わな……」
「………え?」
「……にげ、て」
「青藍様?何を言っ………」
……ご、めん、なさい
言葉になるかならないか。もうはっきりと分からないぐらいのかすかな声の中、蓮司に聞こえたのはその一言だった。
その言葉を最後に、青藍が二度と目を覚ますことはなかった。
その目尻からは一筋の涙が静かに溢れ落ちた。




