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紫苑に露  作者: 花信風描
第二章 友愛
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第七話

翌朝、本殿にある議場では大臣らが集まり、いつものように小声でブツブツとなにやら話していた。


「我が美仙国はどうなるのやら…最近まで我らの足元にも及ばなかった翡翠国の勢いは凄まじい…。やはり大事なのは優秀な後継ということか?」

「いや、我が国だって、青藍様はどの国の王子にも劣らないお方だ!本当に、天の神は我ら平凡な人間にだけではなく神聖な御方にも容赦がないのだな。本当に惜しいことだ…」


「琥珀様は今日も講義に出られていないみたいだぞ。どうせ今日も街に出ているのだろうけど。本当に、何回禁忌を犯せば気が済むのだろうか……。」

「兄弟でこうも違うとはなぁ…」


そんな夏の蝉のように煩い小言を一掃するように議場の扉が勢いよく開かれた。

現れた猛龍王はいつも通り眉間に皺を寄せているが、その皺はいつもより深く刻まれており、随分と険しい顔をしている。

扉から玉座までの赤い絨毯の大通りを大股でドスドスと一直線に歩き豪勢な玉座にドスンッと勢いよく座った。王宮の設備に関わる大臣は床がひび割れないか、玉座が壊れてしまわないかヒヤヒヤしていた。

猛龍王は玉座に座るなりこの場にいる誰もが聞こえる大きさで溜息をついた。

その溜息の理由は大臣皆が知っているため、余計この場の空気が重くなった。

誰もが先陣を切りたくないと周りをチラチラと見やる中、清氏はいつも通り淡々と告げた。

「王様、本日の議題は他でもなく翡翠国の新たな王が拝謁を願い出ている件ですが。最近の翡翠国の成長は目を見張るものがあります。おそらく対等な国交を要求してくると思われますが、いかがお考えでしょうか。」

清氏の歳は60歳ほどで決して若くはないのだが、いつも身なりを美しく整え、白髪が混ざった髪も逆に知的さを感じさせる。しかし、非常に冷静でかつ表情が豊かな方ではなく、相手の深層心理を見抜くような目をしており、かといって清氏自身は何を考えているかさっぱり分からないため、王宮の者は皆、清氏を恐れているところがある。

そんな清氏は猛龍王の先代から政務の重要な一端を担ってきており、猛龍が即位して右も左も分からなかった時も支えてきた重鎮である。今でも猛龍は重要なことを相談するほど清氏のことは深く信頼しているため、実際にこの国を動かしているのは清氏だと陰で囁かれている。

猛龍は清氏に問いかけられ、しばらく眉間の皺を揉んでいたが、その大きな目をカッと見開くと意を決して勢いよく立ち上がった。

「私は譲位するッ!!!」

清氏以外の誰もが口を開けて固まった。

猛龍王は元々()()()()()ところがあるが、徹夜で考え込み、いつもよりも向こう見ずな性分になってしまったのか、何の説明もなくいきなり叫び出した。

「王様…………急にどうされたのです…?譲位……をなさると?さすがにまだ早すぎるのではないでしょうか。王様はまだお若い。かつては崩御ののち王子が即位することが一般的だったわけですし…。」

「そうですよ王様、翡翠国の勢いが増しているからこそ王様のお力が必要なのですよ?」

おそらく5分ぐらいの静寂の後、一人の大臣が恐る恐る告げると、次々と他の者も話し始めた。皆できるだけ丁寧な言葉で告げているが、本音は「何言ってんだこの人は?」だ。

「いや、俺はもう決めた。もう世代が変わったんだ。あちらが若い王ならばこちらも若い王にするべきだろ。」

猛龍は玉座に深く座り込んで腕を組みながらそう告げた。

大臣たちはそれじゃ翡翠国の思う通り、本当に対等な立場になりかねないだろっ!とツッコミを入れたくなったが、一度機嫌を損ねてしまったらお終いのため、何とかぐっと唾を飲んで耐えた。

そんな中、清氏は自ら玉座の正面に歩み出てきて丁寧にお辞儀をしてから告げた。

「王様、私は王様の意志を尊重いたします。」

両脇に控えている大臣たちは固まった。今日は予想外のことが起きすぎて頭がおかしくなりそうだ。

なぜこの国で一番聡明とも言える清氏がこんな滑稽な提案を飲むのだ!?

「さて、青藍様は政務が務まるほど快方に向かっていないようですし、そうなりますと琥珀様が次期王様となりますが…」

「いや、貴方という方が何をいうのだッ!?あんなに民に混ざって自らの神聖な御身体を穢した琥珀様が次期王となれるわけがなかろうッ…!?琥珀様は王様の寛大な御心のおかげで王宮にいれているだけで、本来王子という身分を剥奪されてもおかしくないのですぞ…!」

先程猛龍の譲位に対し最初に難色を示した大臣だ。あまりの予想外の展開に対し我慢できなくなり、列から身を乗り出して怒りを露わにした。

言い終わるや否や、清氏は大臣を刃物のような鋭い目線で睨みつけた。


議場は一気に凍りついた。

「………言葉が過ぎますぞ。いくら禁忌を犯そうが琥珀様は直系の王子様で、王様の実の子であられます。今の発言は王様を侮辱したとも取ることができますが…身分を剥奪されるのは貴方ですよ…?」

清氏は地を這うような低い声でそう告げた。大臣ははっと我に返り、やっと自分の発言の不敬さに気付いたようだ。余りの恐ろしさに全身わなわな震え、顔は死人のように青ざめてしまった。しまいに立っていられなくなり、震えながらその場にぐちゃりと落ちたかと思えば頭蓋骨が割れそうなほど額を地面に強く擦り付けた。

「………王様、私は大変出過ぎた真似を……いたしました……。……処罰は甘んじて受け入れます。」

その声は喉から無理やり搾り出したような非常に聞き苦しいものだった。

その場にいた清氏以外の誰もが「終わった」と思った。武官でも手が付けられない事態になり、血を見ることになりそうだと皆静かに目を閉じた。

しかし、当の本人はまるでつまらない茶番でも見ているような表情で眼下の駒たちを見つめていた。見てられんというように口をへの字にし目線を斜め上に向けるとフンッと鼻を鳴らし、わずかな笑みを浮かべ、

「別に構わん、皆の者顔を上げよ。」

頬杖をつき足を組みながらそう告げた。

まるで池に小石を投げるかのように軽く言うため、流石の清氏も目を見開いて驚いた。

「………良いのですか、王様。」

「ああ、構わん。あやつのことなど、この私だってどうでも良い。それよりも、清。私はあんな奴を王にする気などさらさらないぞ。」

「……?どなたを次期王にされるおつもりですか?…確かに琥珀様は自由が過ぎますが、妃でも娶れば少しは自覚しましょ…」

言いかけて清氏はハッとした。

目の前の猛龍王の表情は一瞬で険しくなっていた。やってしまったと思った時にはもう手遅れで、獰猛な虎は肘掛けを拳で思い切りドンッと叩き怒り狂って立ち上がった。

あまりの力の強さにに頑丈に作られているはずの玉座の肘掛けが真っ二つに折れてしまった。そのときの設備担当の悲痛な顔は言うまでもない。

「あんな奴が王になってみろッ!!それこそ美仙国は翡翠国に取って代わるだろうな!!あやつは何にも分かっていないッ王家も民も区別などないと馬鹿げたことを言いやがって……先祖代々が苦労して築き上げてきたこの国の在り方を侮辱しているんだぞッ!!…俺は必ず青藍の病を治し彼を王にしてみせる!!!!」

猛龍王は顔や目まで蛸のように染め、その声は議場の外、いや王宮の外にまで聞こえそうな、あまりにも大きすぎるものだった。

先程失言をした大臣までも自らの鼓膜を心配するほどだった。

清氏は地雷を踏んでしまった、と誰にも気づかれないほど小さなため息をついた。王宮の医官でも現状維持がやっとなのにどうやって完治させるのかと思ったが、こうなっては何を言っても無駄だと思い、静かに「かしこまりました。」と告げた。




そんな王宮の騒がしさなど知るはずもない呑気なは珀は兎のように新たな友の元へ跳ねて行った。もちろん、約束などしていないのだが。

あれから怜と何をして遊ぼうか夜通し考えていたが、良い案は全く浮かばなかった。おそらく勉強ばかりして頭が固くなっているであろう怜と、餅のようにふにゃふにゃな頭の自分は正反対すぎるからだ。結局琥珀は考えることを放棄し、自分がいつもやってる遊びに付き合わせ、"勉学僧侶"のようになってしまった怜に人間らしさを取り戻してやろうと考えた。


約束などしていないのだから、当然怜がどこにいるかなど分からない。しかし、どうせ医学塾だろう、とたかを括っていた。

しかし、医学塾に着いて窓を覗いて中を見てみると、前と同じ顔ぶれが集まっているにも関わらず、今日は怜だけがいなかった。

思わず笑みがこぼれてしまった。

「……まさか、サボりか…?怜も俺と同じ属性の人間だったのか?それなら話は早いぞ…!!」

琥珀は少し会話を交わしただけでも、てっきり怜を修行僧か何か俗世とはかけ離れた純潔な存在だと認識していたため、まさか自分と同じように勉強をサボっているのかと思うと意気揚々としてきて、より深い友情を築けそうだと期待した。



「あれ?君はこの前の…」

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