第六十一話
「どうだ、あれから王の動きに変化はあったか?」
もうかなり夜も更け、辺りが静まり返った頃。
清氏は自室に伴氏を呼び出していた。
部屋には僅かな明かりだけを灯し、声も極力抑えている。
「…………」
しかし、伴氏は黙って俯いたままだ。
「………なぜ黙っている?」
伴氏にとって今回の指令はあまりにも簡単なものだった。なぜなら猛龍は一国の王とは思えないほど隙がありすぎたからで、この国は本当に大丈夫だろうかと逆に心配になるほどだった。
あの図体を、ただ黒い衣を被っただけで隠し通せると思ったことに驚きを隠しきれず、わざとバレたいのかと思ったぐらいだ。
ではなぜ伴氏が何も言わないのか。
それは自らも子を持つ親ゆえ、少しばかりか猛龍の気持ちが分かったからで、自分が何も見なかったことにすればそれで済む話ではないか?と思ってしまったのだ。
「………この私を騙し通せるとでも思っているのか?病の母親を看るためとはいえ、かつて街の盗人だったと其方が今の地位にいるのは一体誰のお陰だと思っている?」
伴氏は静かに首を横に振った。
「勿論、清氏様のおかげでございます。貴方様を騙すなど滅相もございません。少し王様に同情心を抱いたまでです」
「………同情心?」
「王が秘密裏に行っていたことは、青藍様の治療でした」
清氏は文机に両肘をついた。
「治療………なぜそんなことを内密に行う必要が、」
言いかけて、すぐにハッとした。
以前感じた胸騒ぎ、違和感。
心底あり得ないと思って掻き消したというのに、そのまさかなのか?
「…………連れて来られたその医者の名前は分かるな?」
伴氏はコクリと頷いた。
頷きながらも、なぜ治療と言っただけでそこまで分かったのか、清氏という男は誠に恐ろしいと感じた。
「名は”蓮司”と」
その名を聞いた瞬間、清氏は大きく目を見開き、そして、嘲笑うように笑った。
「ハッハッハッハ………そうかそうか、王はあの者を………ハハハ」
その笑いは、表情も含めあまりにも不気味すぎて、伴氏は背筋を凍らせた。
「そりゃあ、青藍様が快方に向かっているわけだな……………しかし、自ら尻尾を出すとは私も大分楽ができる」
「清氏様。一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
伴氏は少し躊躇いつつも、清氏の顔を見た。
「…………貴方様の目的は一体、」
言い終わらないうちに清氏は僅かに灯していた蠟燭の火をふぅっと吹き消した。
静かに立ち上がり伴氏の側まで限りなく近づいた。
「私の目的か?………察しの良い其方なら気付いておるだろう、なぜ今更聞く?」
「…………かしこまりました」
そのまま清氏は部屋を出て行った。
真っ暗闇で、無音の空間に伴氏は一人取り残された。
彼の表情は何一つ変わっていなかったが、その手には零れんばかりの汗が滲んでいた。
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「おい、皆の者見たか!?昨日青藍様が外出をされていたと!!」
「青藍様は快方に向かっているのか!!!?」
「一体どんな治療法を………誠に王様は偉大なお方だ!!宣言された通り青藍様の病を治してみせるとは…………」
「これで我が国も安心だ………」
「だが最近は琥珀様も毎日真面目に講義を受けているらしいぞ!一体どんな風の吹き回しだ?」
「もうよいもうよい!!青藍様が王になるのだから!!」
議場で大臣らが今日も今日とて蝉のように鳴いていた。
清氏は何も言うことなくただただ静かに佇んでいて、相変わらずその瞳は何を考えているか分からない。
その時、議場の扉が開いた。
いつもと違って、扉の勢いはどこにも無い。それどころかゆっくりと優雅に開かれて、開いた先から猛龍が歩いてきた。その表情はまるで善良な霊でも取り憑いたかのように穏やかで、いつも刻まれている深い眉間の皺もどこかへ飛んで行ってしまっている。
「お、王様………だよな?」
一人があまりの驚きようにポロッと口から言葉が出たが、すぐに隣の者に口を塞がれた。
慌てて皆が頭を下げたが、みな本当に現れた人物が猛龍なのか疑わしいようで、その頭は密かに動いている。
そのまま玉座まで歩いて行った猛龍は、即位して初めて音を立てずに座った。
皆逆に怖くなってしまって、何も言葉を出せずにいた。
_______もしかして、今日はこの世の終わりか!!?
「王様」
その冷静沈着な声が議場に響いた途端、皆は思わずほっと息を吐いた。皆が同じように息を吐いたせいで、その音はかなり大きく響いた。
清氏は猛龍の前に立った。
「青藍様のご快方、誠に喜ばしいことでございます」
言い終わるや否や、清氏は美しい動作で跪いた。
(なっ…………!!!)
その様子を見た他の大臣たちも慌てて同じように跪いた。
…………同じようにと言っても、慌てふためいたその姿はあまりにもみっともなかったが。
猛龍は眼下に広がる皆の跪く姿を見下ろしながらフンと鼻を鳴らした。
「言ったであろう?必ず青藍の病を治すと。なんだ其方らはこの私が戯言を申したとでも言うのか?」
(ヒッ…………我々は清氏殿の真似をしただけなのに!!)
「いいえ、私らは王様なら必ずやり遂げられると勿論確信しておりました。その偉大なお力に感謝申し上げます」
清氏は猛龍のどんな卑屈な言葉にも屈しなかった。もし清氏がいなかったら、猛龍はとっくに多くの大臣のクビをはねていただろう。
「青藍はまだ全快ではないがな。だが、これで私も安心して余生が過ごせそうだ。皆の者、青藍が王に即位した暁には全力で彼を支援しろ。分かったな?」
「「はい、王様!!!」」
議場に響き渡ったその声は、今まで聞いたことが無いぐらい覇気があった。
その声を聞いて、玉座に座る猛龍も、心底ご満悦な様子だ。
猛龍が即位してから、こんなにも殺伐としていない議場は初めてだった。
ただ一人、ある男を除いては。




