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紫苑に露  作者: 花信風描
第五章 恋情
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第四十七話

「怜、もう日も落ちてきたし休もう?こんな外じゃあれだし近くに何か小屋でもあれば……っても無いよなぁ」


探すか、と言って琥珀は怜をひょいと軽く背負った。

怜は急に足が宙ぶらりんになって驚いたのか、背中から可愛い声が漏れた。


「ちょっと、珀!私、自分で歩けますって!!」


「無理しない無理しない!乗り心地は悪いかもだけど、少しの間休んでてよ」


「こんなところ誰かに見られたら……」


その言葉を聞いて、琥珀は思わずぷぷっと笑った。


「何、誰がいるって?俺が見た限り……この辺には人はいなそうだけど。あ、動物なら…」


「あぁもう分かりました!黙ってますから揶揄わないでください!」


ハハハッと琥珀は大きく笑った。

揶揄ったときの怜の反応は可愛くてしょうがないから、ついつい遊んでしまう。

背中に怜の体温を感じて、琥珀は少し頬を赤らめた。決して下心から背負っているわけではないのだが、卑しい人間の性。どうしても口角が上がるのを止められなかった。





予想していた通り、そこから暫く歩くことになった。


琥珀にとったら怜は本当に軽くて、たまに着る正装の方が余程身体全体にのしかかるぐらいだ。

だけど、あまりに長く背負いすぎると怜が遠慮して、もう降りますとか言いかねない。

それだけは何としても避けたかった琥珀は、目を虫眼鏡のようにして視界の隅々まで探した。



だが、急に頭皮に冷たい雫が垂れた。


「なあ、怜。今の何だ?」


「………雨、ですね」


また一つ、また一つと雫が地面を叩く。

琥珀たち二人の不安とともに、その音はどんどん大きくなった。


「いや何で!?昼間は晴れてたじゃないか!!」


「空というのは変わるんですよ!それより珀!走らないと!私を降ろしてくださいっ!!」


「俺が今聞きたいのは正論じゃない!!」


二人でごちゃごちゃ言っている間にも雨足はますます勢いを増して、すでに髪も服もびちょ濡れ状態だ。


琥珀は怜を背負ったまま、全速力で走った。

こんなとき、体力だけはあってよかったと思うのだが、正直今はそれどころではない。

目に雨が刺さって、雨風防げる場所を探そうにも見づらい。



「……待って!!拍、あそこ!」

なんとか目をすませて、怜の手が差す方を見た。




何という奇跡だろうか。


「「………小屋だッ!!」」






キィ……っと音を立てる年季の入った戸を、痛々しくも勢いよく開けた。よくよく考えてみれば人が中にいたかもしれないのに、雨ざらしになった二人にはそんなことを考慮する余裕がなかった。


琥珀は怜をゆっくりむしろの上に降ろし、自らもその横に座った。


「……勝手に入っちゃいましたけど、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だって!もし人が来たら事情話せばいいだけだし。怒られたらまあそれはその時だ。」


確かに、と怜はポツリと呟いた。



小屋はとても綺麗とは言えないが、大人二人が過ごすには十分な広さだ。

竈門やら、むしろもあるのだから、かつては誰かが住んでいたのだろうが、埃をかぶった今は誰も住んでいないし手入れもしていないみたいだ。



雨粒が強く屋根を打ち付ける音が響く。


しかし、それ以外は無音だ。

今までも怜とずっと二人だったのに、こうして屋内で二人だけになるというのは意外と初めてのような気がして、何だか緊張してソワソワしてしまう。


こんな緊急事態に下心なんてないのだが!

ないのだが年頃の琥珀はどうも落ち着かない。




そう頭を掻いて気を紛らわそうとしている琥珀の横で

どちゃ…とあまり聞き馴染みのない鈍い音が耳に入る。

不思議に思って横を見た。

見た途端、琥珀はまるで童話のように分かりやすい二度見をした。


「え、れ……怜!?」


怜は、目を丸くしている琥珀を見て心底不思議そうな顔をしている。


「なんですか?珀」


「な、何ですかって…」


「濡れた服をそのまま着てると風邪をひきますよ?さすがに下衣はしょうがないですが。珀も脱いでください、乾かしますから」


「え、いや……その、もうちょっと…そのさ、」


焦る琥珀を見て、その辺にあった竿で服を吊そうとしていた怜は更に意味が分からないといった顔を見せた。





当然だ、二人は異性でもないのだから。


でも、怜のことを思慕している琥珀にとったらあまりにも目の毒すぎた。

怜の肌は顔と同じように透けるように白くて、身体つきは自分よりも遥かに華奢、筋肉などまるでついていない。

男だから当然胸部に膨らみはないが、背中だけを見ると線が細く綺麗で、思わず女人ではないかと錯覚してしまって、余計に頰と身体が熱くなる。


目を背ける必要なんてないのに、背けないといけないような気になってしまう。自分のためにも。



「もう……珀?」


琥珀がいつまで経っても動こうとしないから、しびれを切らしたのか怜は琥珀に近づいて濡れた琥珀の上衣に手を掛け、躊躇うことなくはだけさせた。


あまりにも一瞬の出来事で抵抗しなかったが、自分の上半身が急に外気に触れて琥珀はすぐにギョッとした。


「ちょっと、怜!!何してんの!!」


琥珀はすぐさま怜の腕を掴んだ。

琥珀に掴まれてしまってはもう怜は動けない。


「何してんの、じゃないですよ!?風邪引くって……言ってるじゃないですかっ…!」


「いや、いいって!!そんなこと自分でできるって!」


いつもなら抵抗してこないのに、今回は医者としての意地なのか、掴まれた腕を解こうとしてくる。


だが、琥珀とてこんな姿の想い人に服を脱がされるなんて流石に耐えられない。



そんなこんなで、お互い譲らない泥試合のようになってしまった。


正直、目の前に髪も素肌も濡れて潤んだ状態の怜がいるだけでも心臓が爆発してしまいそうな琥珀は、なんとかこの状態から抜け出したくて、腕力が怜より強いことをいいことに怜の両腕を左手で掴み直した。



そして、自分で衣を脱いで見せた。


「ホラ、怜!これでいいでしょ!?」


琥珀はもう怜が抵抗してこないと思って、腕を掴んでいた左手をパッと離した。




だが、その選択が誤りだった。




珍しく力を出していた怜は、急に阻む力が弱くなったせいで上手くバランスを保てなくなり前方に倒れ込んだ。

倒れ込んだ先には、当然琥珀がいる。

いくら怜が軽くても、倒れてくるのを抱えられるほど琥珀も軍人並みの体躯ではない。



そのまま二人とも床に倒れ込んだ。

鈍い音が小屋内に響いたが、二人とも暫く何も言葉を発することができなかった。





お互い唇が、相手の唇で塞がれていたからだ。

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