第四十六話
そこからの怜は先刻とは別人だった。
さっきまでは心ここに在らずといった様子で、母親から症状を伝えられても、熱を確かめても目は泳いだままだったのに、今目の前の怜はまるで妓楼で治療をした時の蓮司のようだった。言動や行動に無駄がなく、琥珀は人はこんなにも急に変わるものだろうかと感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
だけど、よく考えてみればおかしくもないのかもしれない。
怜は普段の勉強に加え、蓮司の治療にも多く同行しているのだから、本人が自信を取り戻すことができたならば、右に出るものは本来いないはずだ。
逆に、その知識を押し殺すほどの心の傷はどれだけ深かったのだろう?今まで見てきた怜の笑顔の裏には苦しみもあったということだ。知り合ってまだ長くもない自分がそんな怜の心情に気付けるはずがなかったと分かっていても、琥珀は『どうして気付いてあげなかったんだ』心が痛くなった。
結果、子どもたちは皆不治の病などではなく、はやり風邪だった。
一人の発症から皆に拡まったらしい。
「………ですから、きちんと正しく療養すれば大丈夫ですよ。体温が上がりすぎないように注意をしてあげることと、水分も充分に取らせてあげてください。」
怜は応急処置を済ませ、母親に体の冷やし方等を丁寧に教えていた。
さっきまで自身が死んでしまうんじゃないか?というぐらい乱れていた母親は、今は平静を取り戻して怜の話を食い入るように聞いている。
子どもたちも適切な処置を受けてだいぶ辛さが和らいだのか、先ほどよりも表情が和らいでいた。
「では、お大事にしてくださいね」
子ども達に急変がないことを確認して、二人で家を後にした。
母親はあまり愛想の良い性格ではなかったのだが、最後は怜と琥珀が見えなくなるまで深々とお辞儀をしていた。
「ふぅ、やっと戻ってきたな。怜、お疲様。………って、怜!?」
平地に戻った途端、怜はへなへなっとその場に座り込んでしまった。
「怜っ!大丈夫か!?」
病が感染ってしまったのかとその背中を支えたが、当の本人の顔を見ると、疲労の中に確かな達成感を得ているようで、誇らしそうに、そして嬉しそうにその口は弧を描いている。
「………珀、私は上手くできましたか?ちゃんと子ども達を救えましたか?」
「………は」
あまりの健気さに思わず口が開いてしまった。
怜自身がこんなに疲れているのに、まだ他人を気にするのか?
琥珀は怜の身体を支えながら、その瞳をまっすぐに見た。
「良くやったよ、怜。子ども達は大丈夫だ」
その言葉を聞いた怜は、大きく安堵のため息を漏らした。それまで微かに強張っていた身体は安心しきったのか力が抜けてしまって、琥珀に完全にもたれかかるような体勢になった。
とはいっても、片手で支えられるぐらいには軽いのだが。
「……かった」
「え?」
「………実は、また失敗するんじゃないかと思って凄く怖かったんです。頑張れると、自分ならできると強がっても、頭の中に色んな過去の感情が湧き上がってきて……でも、珀が隣で見守ってくれていると思うだけで不思議と安心して……珀のおかげで立ち向かえました」
「……!そんな、俺は何にも…」
「珀。私のような弱い人間にとったら、自分を信じてくれる人がいてくれることは本当にありがたいことなんです。それだけで、自分を信じてみようと思えるんです」
瞳をまっすぐに向けられそう言われたら、琥珀は向けられた怜の瞳を見つめ返すしかなかった。
「……そうか、なら良かった」
過去の傷を乗り越えたその瞳はさっきまでとは全然違って、自分と同じ歳なのにやけに大人に見える。
____俺は?
俺はこのままでいいのか?
琥珀はそう自問自答するしかなかった。




