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紫苑に露  作者: 花信風描
第三章 再会
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第十八話

「珀様お久しぶりです〜!随分と待っていたのですよ?」

「この前いただいたお花、自室に大事に飾ってあるんです!後で見に来てくださいますか?」

「なっ…あんた抜け駆けかい?ダメダメッ!珀さん、この女狐に騙されないで!」

「私も珀様のお隣に座りたいです〜!!」


二階にある大座敷では見目麗しい酒宴が開かれていた。爛さんから琥珀が来た、と知らせを受け、気怠そうにしていた妓女たちは色めきだし、衣装箪笥を開け閉めする音で一つの曲が作れてしまいそうなくらい忙しなかった。禿たちはカチャカチャと化粧道具を持って走り回り、どこからか甘い香も漂い始めた。

そんな様子を目の当たりにした怜は何事か?とポカンとしていたが、琥珀は「またいつもの騒ぎか。」とケラケラ笑っていた。

そんなわけで宴が始まるのに、四半時はかかっただろうか。

上座には琥珀が座り、中心には大きな円卓が置かれている。卓の上には庶民にとっては見たこともないような山の幸、海の幸がこれでもかと驚くほど置かれており、それだけでも十分なのに台所の音を聞くにつけ、まだまだ出てきそうな勢いである。

怜は最初こそ琥珀の隣に通されたが、初めて見るような絶世の美女が何人も自分に近づいてくるものだから、つい恥ずかしくなりいつの間にか琥珀から一番遠い距離にいた。

瞳が大きく可愛らしい顔つきの女性から洗練され大人びている女性、甘ったるい声を持つ女性まで。一体この国のどこを探せばこんなにも美しい女性ばかりが集まるのだろうか。そして、どうしたらそんな女性たちに迫られて照れずにいられるのだろうか、怜はずっとそんなことを考え、目の前の青年を尊敬の眼差しで見ていた。

卓には様々な酒が置かれているが、どうやら琥珀によると自分は酒を飲むと人が変わるらしいから、酒には手をつけずに、先ほどから目の前で光り輝いている筍の煮物を食べてみた。

山に薬草を取りに行くときに、何回か筍を見たことはあったが、調理するのが難しいと小耳に挟んだことがあり、残念ながら家族に料理上手な人がいないため泣く泣く諦めていたのだ。

そういうわけで初めて筍を食べてみたわけであるが、それでも今食べた筍が最上級品だということが分かるぐらい絶品だった。おそらく採りたてなのだろう。歯応えが良く、味付けも絶妙だった。この店が高級店だと呼ばれる所以は今ここにいる美女たちだけでなく、料理の味も関係しているのだろう。

怜はここまでおいしい料理を初めて食べたため、感激のあまり夢中になって食べていた。いつもはわずかな玄米に雑穀や野菜を混ぜたり、粥を食べることが多かったため、当然魚介類や光り輝く白米なども見たことがなく、いつの間にか美女のことを忘れるほど食事に夢中であった。

琥珀は、美女と酒に夢中になっていると見せかけつつ、最初から目はずっと怜の様子を追っていた。さっきまでの気後れして居心地が悪そうな姿も純粋だなぁと思って見ていたが、今は瞳を輝かせてパクパクと珍しい料理を食べている。あまりの単純さに琥珀はははっと笑い、「可愛いなあ…」と言って、目尻を下げた。そう言ってからしばらく時間が経った後、琥珀は自分で「!?」と驚いた。美女たちは琥珀の気を引くのに精いっぱいで、琥珀の口から漏れた言葉には気付いていなかったが、当の本人は、自分の口から零れ出た言葉を反芻し、『今、俺なんて言った?』と困惑を隠せなかった。


いや、あんな瞳をキラキラさせていたら、誰でも可愛らしいと思うだろ?………いや、さっきから俺はなんで怜ばかり見ているんだ?怜の親でもあるまいし。目の前には美女たちがこんなにいて、みんな俺を求めているのに今日は全くそそられない。……どうしてだ?


琥珀は妓楼に限らず、美しい女性を見つけては相手が自分の虜になるように仕向け、一時の快楽を求めてきた。だが誠に酷い話ではあるが、今まで誰にも愛らしさを感じたことなどなかったのに、今初めて「可愛い」と言葉を目の前の、料理に夢中になっている、しかも自分と同じ男に放ってしまった。


いや、でも怜は大事な友人だし、だからこう思うんだよな。初心すぎてとても同じ年には思えないし、弟ができた感覚なんだな。そうだ、兄上だって私のことをよく可愛がってくれるじゃないか………!なんだ、そんなことか。なのに、なんでこんな焦っているんだ俺は……?


琥珀は一人自問自答していたが、器用すぎるこの男はどんなに別のことで頭が夢中になっていてもそれを誰にも悟られずに、口では目の前の女たちを酔わせる言葉を綴っていた。


_____だが、そんな琥珀の器用さも、初めて崩壊した。


一人黙々と料理を食べ続けている怜に、すすすっと一人の妓女が寄っていったのだ。

「怜様、うちの料理がお口に合ったみたいで、とても嬉しゅうございます……。」

琥珀と違って人並み以下に不器用な怜は人が近づいてきたことにすら気が付いていなかったため、急に話しかけられ、体をビクッとさせ驚いた。

その様子を見た妓女はふふふっと笑った。

その妓女は先ほどまでこの部屋にはいなかったから、ついさっきまで他の客の相手をしていたのだろう。着物は羽織っただけに見えるぐらいゆったりと着ていて、髪もゆるりと結ってある。身体は何となく火照っていて、どこからか甘ったるい香りを漂わせていた。肌はたいそう白く、瞳は目尻が垂れていて、色っぽい声色を放つ唇はぽてりと厚かった。あまりに妖艶な姿は、琥珀や怜よりも歳がわずかに上に見え、どんな堅物でも、彼女を見ているだけでおかしな気分になってしまいそうである。

この女は店に行き慣れた琥珀でさえ一度も目にしたことのない妓女であったため、余程忙しいのだろうか、はたまた、琥珀のような若輩者にはまだ早い、という爛さんの考えなのだろうか。

琥珀の周りにいた妓女たちだって、この店では評判の女性たちなのだが、そんな彼女たちも、「わぁ、お菊様だわ」と声を上げ、この場に現れたことに驚いていた。

そんなわけで、女性に耐性が無さすぎる怜は体がピタッと硬直してしまい、しっかり握りしめていた箸をぽとりと落としてしまい、落ちた箸が食器に当たってカチャンと可愛らしい音を立てた。

だが、頬だけはカアッと赤くなり、それを見たお菊は、怜がとても初心な青年であることを職業柄瞬時に悟った。

「まあ、なんて可愛らしいのでしょう………」

そう言って動かなくなってしまった怜の体をふわっと包み込んだ。そして抵抗が無いことを見計らって、怜を自分の体にもたれかけさせ、額に色っぽく口づけをした後、頭を優しくなで始めた。

人の唇の柔さを感じたことは初めてで、怜は自分が何をされたか理解が出来なかった。更に自分を包み込んでいる体があまりにも柔らかく、熱っぽく、怜は初めてのその感触についに思考が上手く回らなくなってしまった。頬だけでなく体まで熱くなりはじめ、その感覚にどうしてよいか分からなくなりぎゅっと体を縮こませた。


___琥珀は当然その一部始終を目の前で見ていた。


それは一瞬の出来事なのに、琥珀にとってはまるでスローモーションのように、やけにゆっくりと感じられて、猫のように丸まってされるがままになっている怜を見て、感じたことのない、聞いたこともない感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。さっきまでは怜を見つつ、妓女たちの相手も難なくこなしていたのに、今は目の前の出来事に完全に心を囚われ、話しかけられてるのに、一言も返事をしなかった。

「珀様?どうされたのです?」

「こちらを見てくださいよ~」

頬に触れられ、声の主の方に顔を向かされても、振り払いまた目の前に視線を移した。

怜は困惑のあまり全身が僅かにふるふると震えていて、でもどことなく嫌そうにはしていなかった。そして、先ほどまで全く動かない捨て猫のようだったのに、わずかに視線を上げ、ねだるような目つきをお菊に向けた。

お菊は「………あら、」と言ってちらりと奥にあるであろう自室に目を向けた。

琥珀は、その怜の目つきに見覚えがあった。


____そうだ、あの時だ。

気付いた時には、お菊の上で丸まっている怜を姫抱きして、空いている個室に適当に入り、その扉をゆっくり閉めた。




個室には一式の布団がすでに敷かれていた。

琥珀はそこに怜を乱暴に降ろした。

怜は「痛ッ………」と不服そうに呟いたが、琥珀の表情を見て焦って目を逸らした。

琥珀は立ったまま怜を見下ろしていたが、目線を逸らされたと分かり、チッと舌打ちして怜の上に跨った。

そして怜の顎を掴み無理やり自分の方に向かせた。

怜の瞳は潤んでいて、まだ頬も色づいたままだった。

琥珀は自分でもなぜだか分からないが、その顔が妙に気に食わない。

無言で無理やり目を合わせられ続けているため、居心地が悪くなった怜は耐えられなくなって、

「…………珀…、何で怒ってるの?」

と小さな、不安そうな声でぽつりと呟いた。

「……………ああゆうのが好きなのか?」

「……え?」

「あんな簡単に抱きしめられて、……はッ口付けされちゃってさ。挙げ句の果てに、ねだるような目までしちゃうなんて。純粋そうに見せかけて、意外と()()()()タイプなの?」

先ほどのことを全て羅列され、怜は恥ずかしさで更に顔を赤くした。でも、最後の言葉だけは聞き捨てならず、「違うッ!!」と言って起き上がり否定しようとした。

だが、力では琥珀にとても敵わず、呆気なく再び押し倒され、おまけに両腕を頭の上で固定されてしまった。

怜は琥珀を睨みつけた。だが、その目は怒りと恥ずかしさが混ざった、琥珀にとってなんの抑止力にもならないほどか弱いものだ。

「そんな顔しても、ちっとも怖くないんだけど。」

「………意味が分かりません!」

「……は?」

「……なんで珀が怒ってるのか、私にはさっぱり分かりません!!そもそも、珀がここに連れてきたんじゃないですか!ここは、そ、その………()()()()場所なのでしょう?別に、私がどんな女性が好きだとか、私があの方とどうなろうが、友人である珀には関係ないじゃないですかッ!?」


___そう言われて、琥珀は少し、少しだけ何か刺さったような、心に痛みを感じた。

その痛みからか、プツンと頭の中で何かが切れた。


_____眼下には、腕を拘束され、布団に押し倒され瞳には涙を溜めた怜がいる。

怜はなんでこんなことになっているんだ?

しかし、よく見てみるとその腕を拘束しているのは、なんと琥珀自身の手ではないか!?


琥珀はこのあまりにも滑稽な状況に、まったく理解が追い付かなかった。

自分のした行動で間違いはないのだろうが、上手く思い出せず、まるで自分がしたことではないような、何かに取り憑かれていたのではないか?とまで思えてきた。

………この俺がこんなことするわけないじゃないか!!


頭皮から冷や汗が湧き出てきた。

どう言い訳しようか、いや、もうこれは言い訳のしようがない。自分でも、なんでこんなことをしでかしたのか、説明がつかない。自分で自分自身に聞きたいぐらいである。

とりあえずこの体勢がまずいと考えた琥珀はぱっと怜の腕を拘束していた手を放し、瞬時に立ち上がった。こんな可笑しな行動をして、とてもではないが怜に顔向けができず、怜に背を向けた。

お互い何も言うことが出来ずに長いこと時間が経った気がする。

その沈黙を破ったのは怜だった。

「………珀?」

琥珀の顔つきがさっきと急に変わったからだろうか、どんな表情をしているかは分からないが、その声色は心配を含んだものだ。

怜はさっき泣いていた。

自分は、おそらく怜に対して何か酷いことを言ったのだろう。


琥珀はバッと怜に向き直り、「ごめんッ!!!!」と謝った。

その声は、いつもの元気な琥珀に戻っていて、あまりにあっけらかんとしているため、怜は「は?」という言葉しか出てこないというような、何とも言えない表情をしている。

「……珀?」

「いや~ごめんごめんッ!ちょっと飲み過ぎたみたいだ。酔いが冷めてきて、気付いたら怜を押し倒してるもんだからびっくりしちゃって……怒らないでね?自分の意志としては、女の子を連れ込んだはずだったんだけど、どうやら怜と勘違いしてたみたいだ…!………俺さ、何か怜に口説き文句みたいなさむ~いセリフ言ってないよね?」

「………は?……怜?え、どういう…こと?今さっきまで、普通に話してましたよね?…え?酔ってたの?」

「え、俺話してた!?………ごめん全く記憶にないんだけど!え、恥ずかしすぎる」

気まずい空気になるぐらいなら、茶化してしまおうと考えたのだが、自分に非があるだろうにこんなふざけた態度をとって、我ながら最低な奴だと思った。

でもしょうがない、自分でも上手く整理ができていないのだから。


_____否、本当は自分が何をしたのかも、怜に何を言ってしまったのかも覚えている。しかし、頭では分かっているのに、心がどうしてもそれを否定し続けてくるのだ。

茶化したはいいものの、流石の琥珀でも罪悪感と羞恥でいっぱいになり、この場に居続けることができなかった。

「俺、ちょっと夜風に当たってくる!」

「え、ちょっと待って……珀ッ!」

怜は立ち上がろうとしたが、後ろをついてはこなかった。




琥珀は早足で店の外に出た。

店の中も明るかったが、外に出れば数多の提灯と色めき立つ人々で、より華やかな世界が広がっていた。

ここに来た時はこの眩しい灯りに心を躍らせていたのに、今はこの明るさが自身の濁った心を分からせるように、嫌味ったらしく照らし出してくるようで、琥珀は小さく舌打ちをし、大通りを避け街の外れに向かった。

煌びやかなこの花街にも例外なく闇はある。

年齢を重ねた者、中には病に罹った者が商売をする区画があり、その値段は破格の安さである。琥珀は当然近寄ったことは無かったのだが、自分に嫌気がさして、今はなんとなく悲壮感が漂うこの場所にいたかった。

秋の夜風は血が上った頭を冷やすにはちょうど良いほどの冷たさだ。上を見上げれば、空には数多の星と地上を照らす明るい満月。

折角灯りを避けてきたのに、月の明かりはどうしても避けようがない。

雲にも邪魔されず穢れなく輝く純白の月を見て、琥珀は自分の中にある対照的な心を心底恥じた。

夜風当たって冷静になれば、先刻のことも整理がつくと思ったのに、考えれば考えるほど、忘れようとすれば忘れようとするほど、記憶にべっとりとこべり付いて離してなどくれない。

他の誰でもない琥珀自身が色気の欠片もない怜を半ば無理やりここに連れてきたんじゃないか。

さっきみたいなことを自ら望んで、嫌がる怜を連れてきたんじゃないか。

…………なのに、何が気に食わなかったんだ?どうしてあんなことをしたんだ?誰から見ても、この行動は意味不明だ。どう考えても矛盾している。

もう、どうにもはっきりしないこの感情に対して、心底滑稽に思えてきた。

「はっ……。はははッ……ハハハハハッ!!」

琥珀は眩しすぎる月明かりが目に苦しくて、手で遮った。

「馬鹿だなあ……、俺。」





四半刻ほど秋の夜風に吹かれていたせいで、少し身体が冷えてきた。

頭の熱も下がるどころか逆に冷静になりすぎて、店に戻れなくなってしまった。

だけど、いつまでもここにいては風邪を引くし、あのような賑やかな場所が苦手な怜を一人残し続けるのは酷な話だ。

「……戻るか。」

観念して店に戻ることにした。

おちゃらけをするのは大の得意だ。怜に言った通り妓女たちには、「君たちを連れて行くつもりだったのに~」とでも言えば良い。

店がある大通りまで戻ると、何だか辺りがざわついているように見えた。

騒ぎの中心はさっきまで琥珀がいたあの店だった。入口付近が野次馬でごったがえしていた。

「あんたッうちの大事な看板娘に何をしたんだいッ!!もう二度と来るなッ!!」

そう叫んでいたのはまさかの爛さんだった。人だかりで姿は見えないが、声で分かった。その怒鳴り声はまるで稲妻のように激しい。琥珀は正直女性がここまで怒り狂ったところを見たことが無い。

「おッ俺は何もしていないッ!!!本当だ!急に痛がり出したんだッ!!!俺じゃないからなッ!」

小太りの男が人混みのなかから慌てて出てきた。出てきた、というより追い出されてきた。入口の扉がピシャンッと壊れそうなぐらい勢いよく閉められた。

野次馬たちは「何やってんだよ~」「思いやりがない男だな~」と冷やかしの言葉を浴びせていた。

男は野次馬たちの言葉を聞いて、「本当だッ!!俺じゃないんだ!!」とその場にしゃがみこんで頭を抱えている。

琥珀は何か起こったんだと瞬時に判断した。このような場所で、客を追い出して罵声を浴びせるなど、普通は有り得ない。

すぐさま狼狽えている男の傍に行き、「何が起こったんだッ!!」と男の肩を掴んで問いただした。

男は「俺じゃないッ!!」と琥珀の方を向いて叫んだ。

「そんなことはもはやどうだっていいッ!!何が起こったんだッ!」

「俺の相手の女が、急に腹が痛むと言って倒れこんだんだッ!まだ店に入って全然経っていないのにッ!!俺のせいじゃないのに、あの女店主ッ!!俺が乱暴したと追い出しやがったッ!!!」

「そうか」

後半の話は心底どうでもよく、琥珀はまだ何か言いたげだった男の話を途中で遮ってすっと立ち上がった。そして、入口まで早足で向かった。

「!?店に行くのかい!?だッ…だったら君からも俺のせいじゃないと言ってくれないかッ!?」

「だからッ…!どうでもいいって言ってるだろッ!!?」

あまりの覇気に男は静かに「………はい。」と言って、冷静になったのか、ゆっくりと立ち上がり、トボトボと歩いて行った。




店に入ると、あの麗しいほど洗練された店内は見る影もなく大騒ぎだった。

禿の少女たちは店中を駆け足で行ったり来たりしていて、中には怖くて泣きだしながら布団等を運んでいる子もいた。

琥珀は急いで二階に上がり爛さんを見つけた。

「爛さんッ!一体どうしたんだッ!?」

「珀くんッ!!それが……うちのお菊が…腹が痛いと言って…」

さっきまで威勢の良かった爛さんだったが、今は慌てて泣きそうになり、しどろもどろになっている。先ほどのは、爛さんの精一杯だったのだろう。

「爛さんッそのお菊さんはどこに!?」

「あの部屋だ……今、君の友達が傍にいてくれているけど、」

指された部屋に勢いよく入った。

そこには、怜とさっき怜の傍にいたあの女性が布団の上に寝かされていた。

お菊さんとは、あの女性のことだったのか。

しかし、先ほどまでの妖艶な姿は見る影もなく、今は腹を抱えて苦しみに悶えている。

琥珀はすぐさま怜の傍に駆け寄った。

「怜ッ……!彼女の容態はどうなんだ!?」

怜は医者になるために毎日必死に勉強している。だからここいる誰よりも病気に詳しいだろう。

しかしながら、怜からは何の反応もない。

それどころか怜自身の呼吸も少し荒くなっているように感じた。

「………怜?」

「………珀、少しここをお願いしても良いですか…?」

「え………?怜、お菊さんは何でこんな苦しんでるんだ?」

怜は何も言わずすっと立ち上がった。

その足は少し震えているような気がした。

怜はそのまま店を出て行ってしまった。



「ちょ…怜ッ!!どこに行くんだよッ!!!!」

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