第十五話
_____夜更けの王宮。
猛龍王は内官を誰一人つけずに歩いていた。
「もう休む」と伝えて皆を寝室の外に出した後、歴代王のみが知る裏口を抜けたのだ。誰にも伝えずに屋外に出たわけであるが、あの性格の猛龍王が人目につかないよう怯えて歩く訳がなく、いつも通り王宮内を堂々と歩いている。それなのに誰にも見つからないのは、持ち前の運故だといえる。
夜更けの王宮は灯籠の灯と月の光以外に照らすものが無いが、今夜の月はたいそう明るかった。秋の鈴虫の鳴声が各方から聞こえ、月の淡い光に照らされた王宮は、あまりにも幻想的だ。琥珀ならばこの情景にうっとりして写生でも始めてしまいそうなぐらいだが、風流の欠片もないこの国の王は、一切目もくれずにただ一つの目的地を目指していた。
目的の場所は、琥珀の殿とさほど変わらない大きさだ。しかし、四季折々の花々で彩られ、花に魅せられた蝶のように人の視線を惹きつける琥珀の殿とは違い、こちらの殿は何も色がなかった。人が住まう場所は少なからずその人固有の色があるものだ。猛龍王でさえ、その殺風景さから”そのような“ことに興味のない人だと分かる。
この場所は、当然誰かの住まいで間違いはないのだが、ただそこに主人が”居る“だけて、”住んではいない“のだろう。
猛龍王はその殿でさえ人払いをした。内官たちは動揺を隠せず皆互いに顔を見合わせていたが、当然何も言うことはできず、静かに頭を下げた後、その場から出ていった。
誰もいなくなったことを確認して、猛龍王は戸を軽く叩いた。戸の向こうの人物は「……どなたです?」とあまりにもか弱い声で返事をした。
「私だ、入るぞ。」
本来、いくら王であれ、こんな時間に訪問するなど非常識だが、彼とはそのようなことを咎められる間柄ではない。
猛龍王が戸を開けて入ると、彼はさっきまで寝ていたらしく、なんとか起き上がろうとしていた。
「よい。寝たままで大丈夫だ。」
彼は「………すみません、父上。」と心底申し訳なさそうに告げた。さすがに寝ているままは気持ちが落ち着かず、寝台の背に枕を立てかけてせめてもの思いで座った。
猛龍王の息子、つまり彼は琥珀の兄である青藍王子だ。
その風貌は、天から舞い降りた羽のように儚くこの世の者とは思えない。彼を一目でも見たことある者は誰でも一度は彼が自分たちと同じ人間なのか疑うほどだ。瞳は薄く淡く、夜明けの空のようで、長く伸びた髪は陽の光に照らされた雪色をしている。勿論生まれつきで、彼を初めて抱き上げた猛龍王はあまりの美しさに、天からの吉兆の知らせだと大規模な祝宴を半年間も挙げ続けたほどだ。
しかし、まだその熱も冷めやらぬ頃、誰もが羨むほど全てに恵まれた王子の体は突如不治の病に蝕まれた。死の淵を彷徨ったことなど何度もある。王宮の医官は国内最高級の技術を持っているが、それでも完治させることはできず、蝕まれた痛々しい身体のまま生きながらえさせることしかできていない。王宮の者は皆、全てを持って生まれた代償なのか、と毎晩枕を濡らした。
そのせいで、日に全く当たらない肌は青白く、食を十分に取れないために、腕は成人男性とは思えない細さになってしまった。
それでも父が訪れたら起き上がって礼を尽くそうとする姿に、猛龍王は思わず涙が溢れそうになった。




