第十三話
「えー…っと、怜さん?俺の容姿を褒めてくれてありがとう……?確かに道を歩けば女子は誰もが振り返るが…それがどうした?」
すると先ほどの殺気さえ感じさせる顔がまるで手品のようにクルッと悲哀に満ちた表情に変わった。
そして口をフルフルと震わせたかと思うと、目から滝のような涙が溢れ出た。ガタンと音を立て机にうつ伏せて幼児のように泣き出してしまった。
「僕だって君みたいな男前な人になりたいのにッ!どんなに山の中を歩いても筋肉はつかないし顔も白いまま!一回で男だと認めてもらえたことがないッ…!君は格好良いなー素敵だなーッ!うわあああぁんッ!」
店主と周りの客は思わず目が点になってしまった。この人は先ほどまでのおとなしくて可憐な子と同一人物なのか?と。
琥珀までもが、怜は何かに取り憑かれてしまったのではないか、と思わず疑うほどだった。
琥珀はジトっとした目で店主の顔を見た。
「………ジッさん、まさか怜にすっごく強い酒でも出したんじゃないだろうな?」
「そ…そんなまさか!珀くんやめてくれよッ!どんなに動揺していたって流石の私もそんなミスはしないさ!」
「……だよなー。」
怜に出された酒は琥珀と全く同じ酒で、琥珀は先に一口飲んで『これは酒のうちにも入らないな』と思うぐらい弱いものなのに、目の前の怜は可笑しいぐらい酒に酔っている。……というよりは、酒のせいで頭のネジがどこかへ飛んで行ってしまったぐらいに今の怜は故障している。
そんなことを考えている間にも怜は机にうつぶせた状態からすっと顔を上げ、今度は何がそんなに楽しいのか分からないぐらい大口を開けて笑い出した。それもまた大きな、大きな声で。
琥珀は自分が恥ずかしくなってきて、ゲラゲラ下品に笑う怜の両肩をつかんで前後に激しく揺らした。
「ちょッ怜!目を覚ませ!今は楽しいかもしれないがなッ!?後々の素面のお前が今のお前を知ったらもう恥ずかしくて外歩けなくなるぞッ!?」
あまりにも激しく揺らされたため、流石の酔っ払いも笑うのをやめ、またくてん、と下を向いた。
「ほら、怜。もう行く…」
「…………ん、」
怜は虚ろな瞳を琥珀に向けた。
___視線を向けられたその瞬間、琥珀はなぜか鼓動が急に早くなるのを感じた。怜の頬は熟れた林檎のように赤くなってしまっていて、艶やかな髪はぐちゃぐちゃに乱れている。小さな口は酒のせいで潤んで心なしか、少し腫れている。
相手は怜で、しかも今はまるで中年男性のように酔っぱらっていると分かっているのに、その姿はあまりにも妖艶すぎて、この世のどんな美女よりも琥珀の内なる熱を燃え上がらせるには十分すぎた。琥珀の中に今まで感じたことのないある感情が迫りくるのを感じる。ささやかな理性は『目を当て続けるなッ!!』と必死に叫んでくるが、迫りくる本能は『目の前の熟れた果実を逃すのか?』と理性に問いかけてはこべりついて離さない。
「…………珀くん?」
琥珀はハッとした。店主だけでなく、通行人までが二人を物珍しそうに見ていた。
琥珀は恥ずかしさのあまりカアアッと顔が赤くなるのを感じた。今の自分の状態を客観視したらもう居ても立っても居られなくなり、ぼぅ…っと琥珀を見つめ続けている怜をガッと背負って店を後にした。
「…………は、」
目を覚ました場所は初めて来たはずなのにどこか懐かしさを感じさせる香りがした。小鳥のささやかな、でも楽しそうなさえずりが聞こえてくる。自分が今寝ているのは室内で間違いはないのだが、縁側が大きく開いでいるのか、まるで外で寝ているような感覚になる。
上体を起こし辺りを見回した。ここは昔小さい寺だったようだが、誰かが今でもこまめに管理しているのだろう。室内には蜘蛛の巣ひとつない。ふと下に目を向けると、自分はどうやら一式の布団の上に丁寧に寝かされていたようだ。
「…………私は、何をしていたんだっけ?」
思い出そうとしても、頭がズキズキと痛み、なんだか具合も悪いため上手く記憶を引き出すことができない。しかし、自分自身はここに来たことがないのだから、誰かに連れてきてもらって、こうして布団まで準備してもらったのだろう。
心底気持ちが悪くなってきたため、布団から出て外を散歩することにした。




