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結婚式のその夜に  作者: 桜井ゆきな


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1/2

前編~ルーファス~

「レベッカ。俺がお前を愛することはない。なぜならミリアこそが俺の『唯一の恋』の相手だからだ」


結婚式のその夜に、初夜を迎えることもなく言い放った俺の言葉に、妻であるレベッカは完全に戸惑っていた。


「ルーファス様? 何をおっしゃっているのですか? ミリア、様とは?」

「ミリアは街で出会った俺だけの『唯一』だ。だが安心しろ。たとえ戸籍上だけだとしても俺の妻はお前だ。二番目ならば愛してやろう」


レベッカはその美しい顔を苦しそうに歪めた。


「……二番目……? 」

「たとえミリアが平民だとしても俺の『唯一』は彼女だけだ!」

「……この部屋は……」

「この部屋は、これからお前が暮らす部屋だ」

「……使用人の部屋ではなく?」

「お前は所詮二番目だからこのような部屋でも仕方がないんだ」


わざと冷たく聞こえるように俺は言った。

今日中に、結婚式のその夜に、俺はレベッカの心を折らなければならない。逃げる気力さえもすべて奪ってやらないといけない。


「……夫婦の主寝室は?」

「ミリアと俺で使う」

「なっ!? まさかこの屋敷に平民の愛人がいるのですか?」

「口を慎め! ミリアを侮辱することは許さない!」


俺はレベッカの頬を強く殴った。

レベッカはただただ呆然としていた。


「……どうして……? だったら婚約を解消してくだされば良かったではないですか! 侯爵家のルーファス様からなら、子爵家の私との婚約など簡単に解消できたでしょう?」

「あぁ。俺からなら婚約の解消はできただろう。だけど俺はお前と結婚しなくてはいけなかったんだ」

「結婚、しなければ、いけない……?」

「侯爵家の一人息子である俺が平民と結婚できるはずがないだろう。だからお前と結婚したんだ」

「……カモフラージュ、ということでしょうか……?」

「お前には侯爵家の妻として仕事をさせる。夜会にもお前を連れて行く。だがこの屋敷の女主人はミリアだ! この屋敷にいる間、ミリアが主人であることを忘れることは許さない! 使用人達にもすでに通達してある!」


「……離縁させてください」


 震える声で決意を込めた目をしたレベッカの言葉を、俺は鼻で笑った。


「出来るはずがないだろう? 婚姻の届はすでに王宮に届いている。お前はもう俺の妻なのだ。たった一日で離縁などしてみろ? どんな理由であれお前の名前には必ず傷がつく。そんなお前を受け入れる貴族などいないだろう。もう二度と結婚などできないぞ?」

「……そんな……」

「明日からこの部屋には見張りをつける。お前は逃げられない。この屋敷でミリアを主人として生きるしかないんだよ。だが、安心しろ。大人しく俺に従えば、お前のことも抱いてやる。お前は侯爵家の血をひく子供を産むことができるのだ。たかが子爵家の娘として、どこにも嫁にいけない傷物として過ごすよりずっと名誉なことだろう?」

 絶望したように崩れ落ちるレベッカに向かって、ほんの少しだけ甘い言葉をかけた後で俺はその使用人部屋を後にした。

「疲れただろう? 今日はゆっくり休むといい。従順になればお前にもメイドくらいはつけてやろう」


☆☆☆


「ルーファス! 遅いじゃない! 寂しかった」


 本来であればレベッカと過ごすはずの寝室に戻った俺に、ミリアが抱き着いてきた。


「待たせてごめん。あの女に自分の立場を分からせていたんだ」

「ふふっ。結婚したのに愛してもらえないなんて、私だったら惨めで死んじゃうかもー」

「こらっ。死なれたら困るだろう? 俺達の『真実の愛』のために死んだように生きて貰わないと」

「ふふっ。そうよね。『真実の愛』のためだもの。仕方ないわよね? ねぇ? 明日から虐めちゃってもいいんでしょう?」

「あぁ。ミリアが主人だとわからせてやれ」

「貴族のお嬢様を好きに虐められるだなんて、すっごく楽しみ!」


 無邪気に笑うミリアが可愛くて思わず抱きしめた。

ミリアはずっと俺の『唯一』だった。

初めて出会ったのは俺がまだ七歳の時。お忍びで護衛と一緒に城下街に遊びに行った俺は、いつも口煩い護衛の困った顔が見たくて、人ごみに紛れて護衛を巻いた。

初めての世界は見るものすべてが新鮮だった。夢中になって歩き回ってしまった俺は、自分が護衛を見失って迷子になっていることに気付いた。……散々困らせた後で、平気な顔をして護衛の前に現れてやる予定だったのに……。

知らない世界で一人ぼっちになって不安でたまらなくなった俺の前に突然一輪の黄色い花が差し出された。


「泣きそうな顔をしているけど、大丈夫?」


 大きいつばの帽子をかぶっていたせいで顔はよく見えなかったけれど、とても可愛らしい声をした少女だった。その少女は、持っていた花を俺にくれた。


「ルーファス様っ!」

 

 少女と話したかったのに、最悪なタイミングで護衛が俺を見つけた。護衛は、俺の望み通り悲痛な顔をしていたけれどそんなことはもはやどうでも良くなっていた。舌打ちをして少女の方を向きなおした時には、彼女はもうそこにはいなかった。

屋敷に戻った俺は、『護衛にわざと放置されて命の危険を感じた』と嘘の報告をした。護衛は即日解雇された。

その日からずっとその少女のことが忘れられなかった。


十七歳になって、お忍びで城下街に遊びに行った時に、俺は屋台で花を売るミリアに出会った。

思わず屋台に近づいた俺に、ミリアはあの時と同じ黄色い花を差し出した。


「向日葵はいかがですか?」


 その明るい笑顔に俺は確信した。ミリアこそが俺の『唯一の恋』の相手だと。

新しい護衛は、口煩いことなど何も言わない、俺の言いなりになる男だったので、俺とミリアの関係は急速に進展していった。

遊びなどではない。ミリアこそが俺の『真実』なんだ。絶対に誰にも邪魔はさせない。

だけど、ミリアにのめりこみすぎて、たびたび平民街でミリアのために傍若無人に金を使いまくる俺のことはいつのまにか社交界で噂になっていたらしい。

両親がそのことに気付いて、俺を止めることも、両親に報告もしていなかった護衛を首にした時にはすでに手遅れなほどに……。


 そんな時に、カース子爵家のレベッカとの婚約の話が舞い込んできた。

カース子爵家は、豊かでワインの産地として有名な領地を持っていた。

両親は社交界で評判が落ちた俺を早急に婚約させたかったようで、カース子爵家のワインの出荷量の五割を毎年定期的に相場よりも上乗せした金額で入荷することを婚約の条件として、我が侯爵家にはそれほどメリットのない婚約を結ぼうとしていた。

『唯一の恋』の相手が平民だったというただそれだけのことで、子爵家なんかの娘と婚約させられることが許せなかった。

もし、ミリアのことがなければ俺の婚約者は、美姫として名を馳せている公爵家のアイリーンだったとしてもおかしくないほどだったのに。

俺は、会う前からレベッカのことを疎んでいた。


 だが、初めて出会ったレベッカは、花が咲くように微笑む、清らかな女だった。


 最初から酷い態度で顔合わせをめちゃくちゃにしてやろうと考えていた俺は、その考えを改めた。

……この女も愛してやればいい。所詮は、ミリアの二番目だが、それでも俺と結婚できるのだから満足するだろう。

そうだ。この女を利用すれば、俺はミリアとの『唯一の恋』を貫ける。

この女さえ二番目であることを我慢すれば、すべてが上手くいくのだ。

二番目がいたとても俺の恋の相手はミリアだけだ。俺たちの『唯一の恋』は揺るがない。


 それから今日まで半年近く俺はずっとレベッカに優しく接した。

レベッカに逃げられることがないように、婚姻の契約を結ぶまでは気を抜くことなどなかった。

両親はとてもレベッカを気に入った。新婚生活をゆっくりと過ごせるように、と二人で過ごすには十分な屋敷を急遽建ててくれるほどに。

それは俺にとっては予想外の幸運だった。両親さえいなければ、ミリアを屋敷に住まわせることが出来るからだ。

新居に連れてくる使用人はすべて俺が選んだ。俺に従順な者たちだけを選別した。

レベッカには使用人は連れて来なくて良い、と親切ぶって言ってやった。

俺の言う通りレベッカは一人でやって来た。嫁入り道具だけは大量に運んできたが。


「ドレスも好きに着ていいんだよね?」


 思い出に浸っていた俺は、ミリアのその可愛い声で我に返った。


「ああ。あの女が持ってきたものはすべてミリアが好きにしていいよ」

「ふふっ。素敵なドレスやアクセサリーがたくさんで、すっごく楽しみー」

「あの女よりミリアが着た方がドレスも喜ぶだろうな」

「貴族のお嬢様の部屋のクローゼットにはメイド服を入れておいたの! これからしっかり働いてもらわなくちゃだからね。ぴったりでしょ?」


 ミリアの笑顔はなんて可愛いんだろう。俺は夢中でミリアを抱きしめた。

結婚式のその夜に、妻ではなく、本当に好きな女と幸せな夜を過ごす。なんて贅沢なんだ。俺の人生はこれからもずっとこの輝きに満ちているのだろう。

疑いようもなくそう確信して、俺は眠りについた。


☆☆☆


「ルーファス!」


 突然扉の開く音と、聞き覚えのある大きな声で、俺は目を覚ました。

隣で寝ていたミリアも、『んん?』と可愛い声をあげながらゆっくりと起き上がった。

そんなミリアを抱きしめたい衝動に駆られながらも、俺は重い頭をあげた。


……目の前に広がっていたのは絶望だった。


 見たこともないほどの怒りに満ちた声で俺の名前を呼ぶ父親と、普段の穏やかさからは想像もできないほどの怒りに満ちた目で俺を見つめる母親。真っ青な顔をしたレベッカと、呆然とした様子のレベッカの両親が俺を、裸に近い俺達を見つめていた。その横で、死にそうな顔をしたこの屋敷の執事が震えていた。


「……私のナイトドレスだわ……」


 レベッカは呟いた。その呟きは小さかったけれど、とてつもなく重い響きだった。

結婚式のその夜にレベッカを使用人部屋に追いやって、レベッカが寝るはずだった夫婦の寝室で、レベッカから奪い取ったナイトドレスを着た平民と二人で昼過ぎまで寝ていた。

……その光景を、なぜか関係者全員に見られてしまっている。


「どうしてだ……?」


 自分から出たその声は、昨夜のレベッカと同じくらいに呆然としていた。


「ルーファス様から『明日から部屋に見張りをつける』と言われたので、私がこのお屋敷から逃げ出すには、昨日が唯一のチャンスだったのです。……幸いというべきか……クローゼットにはメイド服だけが入っていたので、使用人のふりをしてこっそりお屋敷から抜け出すことが出来たのです……」


 青い顔をしながらもとんでもないことを言った書類上の妻の顔を俺は思わず見つめた。

はっ? 逃げ出した? 結婚式のその夜に? 疲れ切ったその体で? 俺の突然の裏切りを聞いたその直後に? そんなバイタリティーがその細い体のどこに秘められていたのか?


「だっだが、屋敷から出られたとしても、それまでだろう?」

「……お屋敷の外で、カース子爵家の使用人が控えてくれていたのです」

「……はぁ!?」

「……私はルーファス様のことを信じていましたが、社交界でのお噂は私の耳にも届いておりましたので、念のため……結婚式のその夜だけは、と……。……私にとっては、本当に昨日だけが唯一のチャンスだったのです……」

「お前はっ!! 子爵家にすぎないくせにっ! 夫婦になるのにっ! 侯爵家の俺のことを信用していなかったのかっ!!」

「……けれど、結果的にそのおかげで、私は貴方から逃げることができました」


 思わずレベッカをしかりつけた俺だったが、レベッカのその言葉には黙らざるをえなかった。

……昨日さえ、結婚式のその夜さえ優しくしていたなら……。

思わず滲む後悔は、しかしもはやすべてが遅かった。


「カース子爵。レベッカさん。愚息が大変申し訳なかった。この償いは、ユース侯爵家が責任をもってさせてもらう」

「レベッカちゃん。貴女と本当の親子になりたかったのに馬鹿息子が本当にごめんなさい」


 父さんと母さんはもはや俺の方を見ようともしなかった。


「ユース侯爵様。侯爵夫人様。お二人には良くしていただきまして本当に感謝しております。私は、ルーファス様と離縁できればそれで充分です」


 そう言うレベッカの声は、まるで聖女のように優しかった。


「ルーファス様。……私は、七歳で貴方に恋をしてからずっと昨日を夢見ていました。……たった一日だけでしたが、貴女の妻になることが出来て本当に……幸せでした」


 初めて会った時からずっと変わらない清らかさでレベッカは静かに微笑んだ。


「……七歳? 初恋? ……まさか……」

「きっとルーファス様は覚えていらっしゃらないと思います。……私が差し出した向日葵を照れたように見つめる貴方の瞳に、幼い私は恋をしたのです」


 ……俺の『唯一の恋』の相手は……。


「ミリア? 俺に向日葵を渡してくれたのは……ミリア……だよな?」


 愛している、愛していたとついさっきまで疑うこともなく思っていた、その恋の相手は。


「私、知らない! ルーファスに言われた通りにしただけだもん! このお屋敷で住むことも、このドレスを着ることも、全部全部ルーファスが良いって言ったから!」


 俺が『可愛い』と何度も何度も思ったその平民の女は、ただの無知で貪欲な……。


「向日葵だって、私は何も言ってない! ルーファスが勝手に勘違いしただけでしょう?」


 ……俺の『唯一の恋』の相手は……。

俺は、自分の勘違いと、身勝手な言動で失ってしまった『真実』の相手を見つめた。


「レベッカ……。俺たちは……」


 だけど、レベッカのその瞳が俺を映すことは二度となかった。


 失ってしまったすべてがあまりに大きすぎて……。もう何も考えられなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] しょっぼいざまぁだなぁ
2021/08/24 03:32 退会済み
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