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15・茶番の幕引きと祝い事

暴力的表現があります。

 自称王子曰く「この国は魔族が治める不浄の国である。そんな国に連れ去られたレジーナを救出し、この国の魔王を斃しにきた。正義の名のもとに魔族は全て倒れるべきであり、もうすぐヴィント王国の軍がやってきてお前たちは全て死に絶える」のだそうだ。



「あっははは! なるほど、分からん!」



 メイソンは大爆笑し、それを見た人々はその様にどん引きし、アランは呆れ、レジーナは困惑した。



「不浄の国と正義がどうのは、もう置いておきましょう。レジーナ様を連れ去った、とは?」

「く、白々しい! 貴様らが我らを騙し、優秀な魔力を持つ彼女を連れ去ったのだろう!」

「ここにきちんとレジーナ様の身柄を譲渡する契約書があり、ヴィント国王のサインもございます。あの方は“ヒンメル王国のお役にたてるならどうぞお好きにお使い下さい”とも仰っていましたよ?」

「それが詐欺だと言っている! 彼女の身柄と交換に魔道書や魔道具を融通するという話だっただろうが! 国を想って彼女は泣く泣くこんな魔境に来たというのに、これでは話が違う! だから僕が助けに来たのだ、約束を守らないような国にいつまでも我が国の貴族令嬢を置いておく訳にはいかないからな!」

「そんな契約はしておりません」

「な、はあ!?」

「どうしても国交を開いて欲しいと煩く言ってきた特使殿に“魔力の多い優秀な魔道士はいるか”とは聞きましたが、派遣してくれとは言っていないのですよ。それをどうしてもと仰るので折角ならとお預かりした所存です」

「この詐欺師め!」

「詐欺、詐欺ねえ…」



 メイソンはやっと笑いを落ち着かせて、つかつかと自称王子に近づいた。上から自称王子を眺めながら爪先をこんこんと鳴らす様に、いつもの優し気な雰囲気はない。



「例えそれが仮にそうだったとして、レーゲン公国と共謀して我が国の子どもらを売り買いしていた奴隷商人殿には言われたくないですなあ」

「な、何のことだ!?」

「我が国の子どもたちは可愛かったでしょう。獣の耳を持ち、蝶や鳥の羽を持ち、純然たる人族にはない美しさを持っている。愛玩にはもってこいな訳だ、よく売れたでしょう」

「知らん! 僕は知らんぞ!」

「レーゲン公国の方々はもう全部お話くださいました。我々も別に命まで取ろうなんて思っていないのですよ、だからなで斬りまではしなかったでしょう。けじめを付けて頂ければそれで」

「しっ知ったことか! 大体、魔族の子どもなんて畜生にも劣る生き物じゃないか! 商品として金銭になるだけ有難いと思え!」

「随分死に急ぎますな」

「があ゛っ!?」



 自称王子を取り押さえていた人の一人が、彼の背を思い切り踏みつけた。どこかの骨が折れたのだろう低く不快な音が鈍く鳴る。本当なら佩刀している剣で衝動のままにめった刺しにしてやりたかったが、それだけは何とか踏み止まれた。細長い耳とそこに飾られた耳飾りが印象的なその人は、以前に子どもを誘拐された自治地区の長だった。既に取り返したといえ、自身が治めている地区から子どもが誘拐されたことだけでも憤死ものであったというのに、盗人猛々しい言い分を聞いては我慢がならなかった。この場にはそのような者が多くいた。そんなことも分からなかったのかとメイソンは呆れて自称王子から離れた。



【やだ汚れる、ここでやらないで】

「申し訳ございません、束ねの書」

「もう地下を使って下さっても結構ですよね、陛下」

「好きにしろ」

「処分はしないで下さいね。あ、後、次の外遊に出て下さる地区の方は明日にでも調整を」



 ここまでの流れを見て、やっとレジーナは全貌を読み取った。ヴィント王国は先に失われたレーゲン公国と共謀し、ヒンメル王国の子どもを誘拐していたらしい。そしてレーゲン公国はその罪を問われて滅ぼされたが、その時にヴィント王国が一緒に攻め入られなかったのはまだ情報が確定してなかったからだろう。


 レジーナがヒンメル王国へ来た当初の目的は、ヴィント王国との国交の為であった。しかしきっとヒンメル王国は初めから、ヴィント王国の内情を探るつもりだったのだろう。その点では自身は役立たずだったとレジーナは俯くが、それに何かを感じたアランが心配いらないとでも言うように頬を撫でた。



「ひ、ひいい! いいい痛い痛い! この魔族が! 今に我が国の軍が」

「それいつまで言ってるんです、いつ来るんです? というか、貴方もしかして自分の力だけでこの城の結界を抜けたとまだ信じているんですか?」

「な、なに…」

「この城の、いや、この国の結界は全て一つの国宝が担っているのです。その国宝に頼み込んで、貴方だけを特別に招待してさし上げたのですよ。招待状も持たない貴方をね」

【頼み込まれてはないんだけど】

「ぐうう、くそ、くそくそくそくそ! 魔族ごときが馬鹿にしやがってえええ!」



 自称王子は引きずられながら盛大に喚きだした。やっと自分の置かれた状況が少し理解できたらしい。煩いと小突かれながらも今度は黙らない。ふと、自称王子がいくつも重ねた魔道具が嫌な魔力を放ちだす。



「長、その魔道具壊して下さい! 暴走する!」

「なっ!?」

「間に合わん! 離れろ!」

「あははは! 暴走? 違うな! これがこの魔道具の、否、僕の本当の力だ!」

【あ、馬鹿がいる! レジーナちゃんそのブレスレット投げて!】

「え、あ、はい!」



 レジーナは素直に言われた通りブレスレットを投げた。国を出る時に、あんなにも心強くレジーナを勇気づけてくれたブレスレットだったというのに一切の躊躇も感じなかった。やはり自分は薄情なのだろうと自嘲しつつ、けれどこの場の人が助かるならそれでよかった。ブレスレットは稲光のように激しく光って自称王子をその光の中に閉じ込めた。



【んま、不良品の無効化までできるなんて万能ネ】

「…あれを作ってくれた人たちがとても優秀だったので」



 光の中から出てきた自称王子は精根尽きたように膝から崩れて、呆気なくそのまま倒れた。操り人形の糸を全て切ってしまったようであった。


 粗悪品と呼ばれる魔道具はそれでも需要がある。一級品とされる魔道具はその術者を自分で選ぶからだ。折角手に入れても魔力の波長が合わなかったり足りなかったりすると、ぴくりとも作動しない。一方、能力の低い魔道具はすぐに壊れたり暴走の危険があるにせよその心配はない。暴走もその魔道具の力の最大出力程度なので本来なら命を落とす程ではないが、自称王子はいくつもそれを重ねていた。ヴィント王国では一応あの使い方は危険だと禁止されているが、人によっては常習的に使用していると聞いたことはある。しかし王子であるならもう少しましな物を使えばいいのではないだろうかと、レジーナは場に相応しくないとは理解しつつ若干不憫に感じた。



【それにしても三下感がすごい、あれ本当に王子様なの?】

「ふむ、どうでしょう。どうなんです、そこの所」

「間違いなく。ヴィント王国第三王子ルーベン・ヴィントでしょう」

「あ」

「あ?」



 いつの間にか現れた鳥の部隊がメイソンに自称王子の名を告げて、やっとレジーナは思い出した。ことの成り行きを見るばかりだったアランが先を促す。



「今、思い出しました。第三王子ルーベン・ヴィント殿下…。大学校で試験の結果や単位を不正に良いものにしたと、知り合いが」



 そう昔にガレスや他の人たちが言っていたことを、今更ながらにレジーナは思い出した。だからといってどうという情報でもなかったが、メイソンはぷるぷると耳を震わせる。



「待ってください、レジーナ様。もう笑わせないで下さい。腹筋が限界なんですよ、自分」

「その程度のおつむの弱さなら、ちょっと突いたら吐くでしょう」

「王族が関わっていたことが分かれば上出来なので、後はお任せします」



 鳥の部隊は第三王子を取り囲んでいた人々からそれを受け取ると、今度こそズルズルと引きずってどこかへ連れて行ってしまった。数名それに付いて行った者もいたが、後は全員が残って玉座を仰いでいる。



「では陛下、閉会のお言葉を」

「…皆、悪趣味な余興によく付き合ってくれた。感謝する」

「では皆様これにて――」

「おい、待てメイソン!」

「そうじゃそうじゃ、まだ聞いとらんことがあるじゃろう」

「師父」



 アランとメイソンが場を収めようとすると、蝶の羽を持つ小さな老人が杖を鳴らしながら歩み出てきた。レジーナが初日で倒れた折に彼女を診、アランを杖で小突いたその人だった。挨拶の列には並んでいなかったから来ていたことさえ、レジーナは知らなかった。師父の前にメイソンを止めた人もいたが、何を聞くのだろう。もしやレジーナの処遇だろうか、自身はヴィント王国の出身者である。アランには相応しくないと言われるのだろうかと、レジーナは束ねの書をそっと抱いた。



「結婚式はいつじゃ!」



 アランは分かりづらく動揺し、レジーナはその言葉に反応できず、メイソンは咄嗟に口を抑えて笑いを堪えた。会場の人々はそんな彼らに構わず口々に文句を言いだした。



「予定というものがありまして」

「すぐにでもお聞きしておきたいのだが」

「お祝いの品とか作らせるのに時間がかかるだろうが」

「だそうですが、陛下」

「…」

【次の吉日は三ヶ月後ヨ】

「準備期間が短い!」

「詳しい日取りは早く告知して下さいよ!」

「急いで転移魔法陣を敷け!」

「ま」



 アランが「待て」と制する前に会場は空っぽになってしまった。残っているのは城の使用人たちくらいである。あれだけ多くの人たちがいたというに何て素早いのだろう。



「…さて、束ねの書。正確な日取りをお教え頂けますかな?」

【丁度三ヶ月と一週間後ヨ】

「では我々はそのように動きますね。文官たちに告知もさせねば、ついでにヴィント王国の件も終わらせておきますのでご安心下さい」

【じゃあパーティーも終わったし、アタクシ書庫に帰る。騎士クン連れて帰って】

「貴方、自分で出てきたのですから戻れるでしょう」

【アタクシ国宝らしいから、ちゃんと扱って】

「はいはい、本当に騒がないで下さいね。耳がおかしくなるので」

【そう言われると、やりたくなるわよネ】

「水没させられたいなら止めませんが」

【静かにしてます】



 レジーナの腕から抜けた束ねの書は、メイソンに抱えられて彼と一緒に出て行った。



「ええと、わたくしたちも戻ります、か?」



 何とも言えない空気の中、レジーナは勇気を出してアランに話しかけてみた。しかしアランはピクリとも動こうとしない。とりあえずどさくさに紛れてずっと座っていたアランの膝から降りようと、レジーナは足に力をこめたが腰に回された腕が邪魔で身じろぐこともできない。



「あの、アラン様…?」



 名前を呼び掛けてもうんともすんとも言わないアランに、レジーナは困り果てた。


 アランが伝えたいと思っていることを探るのはレジーナには簡単なことだった。アランは雰囲気で喜怒哀楽が分かるし、注意深く見ていれば表情にも少し出る。そしてそれを隠そうとはしていない。レジーナが子どもの頃に彼女を蔑む為だけに嗤いながら近づいてきた人々とは違う。彼らは表面上はきちんと笑顔を作っていたが、決して本心を伝えてこようとはしなかった。そんな人々と付き合わねばならなかったレジーナからするとアランは本当に分かりやすい人だったのだ。


 その分かりやすいアランのことが今、一つも分からない。アランはまだ、人形か石造のように固まってしまっている。しかしいつまでもここにいる訳にもいかない。



「アラン様、本当にそろそろ戻りませんと」

「レジーナは」

「はい?」

「レジーナは、いいのか」



 やっと石化が解けたアランが、どうにか放った言葉をレジーナは正確に読み取った。彼は三ヶ月後に決定された結婚式のことを言っている。



「わたくしには何の問題もございません。しかしアラン様がご納得されていないのでしたら、すぐにでも閣下に」

「…」

「アラン様…?」

「無理を…。…いや、違う、違うな…」



 アランはレジーナを大きな玉座に座らせて、自身はその前で跪いた。王のやることではないと慌てるレジーナをそのままに、彼女の手を取り口付ける。



「レジーナ、どうか私の妃となってくれ」

「…」

「れ」

「はい、喜んで」



 レジーナは煩く主張する心臓を無視して、いつかの夜にされたようにアランの右目の瞼に口付けた。

読んで頂きありがとうございました。

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