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14・騎士団長の悪癖

暴力的な表現があります。

 レジーナ初の大規模なパーティーも、やっと全員の挨拶が終わりそろそろ解散という雰囲気である。挨拶が一巡しただけで終了というのも不思議だったが、それ程に人が多かったのだ。全員が各地方自治の長や重役でありそれ以外はいなかったが、それでもかなりの人数だった。


 大きくなりすぎたヒンメル王国の全地方自治が一堂に会することなど本来はそうない。王城で何かしらのパーティーを行う時でさえ、最低でも東西南北に分け数日かけて行うのが主流だ。今回はレジーナのお披露目であった為、全員が集まることを承諾しむしろ分けられることを嫌がった。


 長く様々な種族に挨拶をしたレジーナであったが、懸念していた緊張や失敗はそうなかった。何せアランが「ああ」くらいしか言わないのだ。それに横で警備をしているメイソンが笑顔を崩さず段々と目元に怒りを乗せ初め、膝の上の束ねの書はきゃっきゃとはしゃぐ。レジーナは挨拶をしにくる人々に二三言葉をかけつつ、メイソンを宥め束ねの書を落ち着かせるので忙しかった。



「…ふう」

「疲れたか」

「申し訳ございません、あの。少しだけ…」

「レジーナ様は大変頑張って下さいました。謝罪される必要はございませんよ」

「全くだ。だが、後少し頑張ってくれるか」

「はい、勿論」



 労わるように手を握られると本当にもう少し頑張れるのだから、自身はもしかしたらとても安上りなのかもしれないとレジーナは思った。けれど良いのだ、この場にいる人は誰もレジーナを嗤わない。お腹の中で何を考えているのかまでは分からないが、それでも彼女を貶めるような視線を送ることはなかった。そうであるなら疲れていようと、まだ背筋を伸ばしていられる。怯えて隅で静かにしていたあの頃とは違うのだと胸を張れた。



【嫌なんだけど】

「? 束ねの書、どうかしましたか」

【嫌なの】

「そう言うな、お通ししろ」

「アラン様…?」

「ご心配下さいますな、ちょっとしたエンターテインメントが始まるだけです。貴女様は陛下のお傍を離れないで下さればそれで良い」



 束ねの書はもう一度【嫌なんだけど】と言いながら鈍く光りだした。魔法を発動させる前の反応だ。何をするのだろう、メイソンはエンターテインメントと言ったがこの会場にいる全員に緊張が走ったことは確かだった。レジーナは自分一人だけが何も知らされていなかったことを理解したが、騒ぎ立てることなくアランの手を握りなおす。



「何も心配はいらない。…私がいる」



 アランはレジーナを引き寄せて額に唇を落とした。とくりとレジーナの心臓が跳ねたがそれだけで、彼女は自身でも驚く程に冷静だった。物々しい雰囲気に怯えてもよさそうなものを、そのような感情が一切湧かないことにレジーナは少しだけ驚いた。何故だろうと考えたがすぐに、ああ、と納得してしまう。



「(この方のお傍にいて、恐ろしいことなど起こりはしないと思ってしまっているのだわ…)」



 それが良いことなのか悪いことなのかは追々考察するとして、レジーナは皆が見つめる会場の中央に目を向けた。目を凝らすと、確かにその場に魔力がにじみ出ている様子が分かる。それはあまり質の良い魔力ではなく、魔道具を沢山使ってどうにか増強しましたというのがよく分かった。その粗悪な魔力が何とか膨れて光を放ったので、レジーナは咄嗟に目を閉じてしまった。



「う、うわあああ゛!」



 断末魔のような叫び声に驚いて身を震わせるレジーナを、アランはしっかりと抱きしめた。本当ならこんな詰まらない余興にレジーナを付き合わせるつもりはなかったのだが、仕方がない。中心で一人、力自慢の地方自治の長やその護衛たちに押さえつけられているみすぼらしい生き物を、アランには珍しく意思を持って睨みつけた。



「よくお越し下さいました。招待状はお出ししておりませんでしたが、会場がお分かりになったようでよろしゅうございました」

「ぐ! は、離せ、この低俗な魔族どもめ! 我が国の大切な国民を返せ!」

「ほう、返せとはまた…。どちらのことを仰られているので?」

「ぎ、や、止め! ぐああ!」

「ああ、皆様いけません。お客様にはお話して頂かないと、少しばかり緩めて頂けませんでしょうか」



 レジーナの目はアランに塞がれていたので、目の前で何が起こっているのか確かめることはできなかったがその声だけで想像はできた。楽しそうなメイソンと汚い男の悲鳴が対照的だ。レジーナは不快感を感じない自分にまた驚いたが、理由もなくメイソンやこの国の人々がこんなことをする筈がない。けれど本当にこれは何なのだろうと、レジーナはまた静かに考えた。



【粗悪品ばっかりで笑えるんだけど、よくあんなのとあの程度の魔力で来ようと思ったわネ】

「お前に比べれば大体が粗悪品だ」

【アタクシは魔道具じゃなくて、魔道書なのヨ】

「似たようなものだろう」

【違うわヨ!】

「こら束ねの書、騒がしいですよ」

【アタクシよりあの汚いのの方が煩いわヨ!】

「それは確かに。あ、お客様失礼致しました。それで?」



 中央で踏みつけられている男は見苦しく咳き込みながら、何とか口を開いた。



「レ゛、レジーナ・ヴォルケを、返せ! 僕は彼女を助けに来たんだ!」



 ぶわりと殺気と呼べるものが肌に刺さった。それは一人の愚か者に注がれていたのだが、この場にいるレジーナ以外の全ての者が一瞬呼吸を止めてしまう程に苛烈なそれだった。発生源の一番傍にいたというに何故か首のあたりがそわっとしたくらいで済んだレジーナは、それよりも名前を呼ばれたらしいことの方に気が取られていた。



「(同姓同名の方がいらっしゃるのかしら、招待客の名簿にはなかったような…)」

「魔王! その汚い手を離せ! 今に我が国の軍がここに大挙する! 汚らわしい魔族ども、覚悟するがっ! ご、あ! が…!」

「じゃあ先に死んでおけ、よっと!」

「状況が理解できていない上に語彙が貧困…。頭が悪すぎる、魔力も筋力も弱い、逆になにか切り札でもあるのか?」

「これが? どうやって?」

「だが陛下相手に啖呵を切るのだから…」

「はいはい、皆様。あまり汚さないで下さい、王城の使用人たちが困ります」



 メイソンがパンパンと手を叩くと、鈍く何かをぶつける音が止んだ。



「ええと、何でしたっけ。助けに来た、手を離せ、軍が大挙する、覚悟…? でご要望は全てでしょうか。勿論全てお断りしますが、所でそういえば貴方誰です? レジーナ様、ご存知でしょうか…。…過保護をするな!」



 やっとレジーナが目隠しされていることに気付いたメイソンが叫ぶ。口を挟んではいけないと思い、黙っていたレジーナであったが必要ないと伝えるなら今だと息を吸い込んだ。しかし彼女が言葉を発する前に、束ねの書が返事を返す。



【今頃、気付いたの?】

「…」

「そっぽを向くな! 大体音は全部聞こえているから無意味でしょうに!」

【ええ…でもそれ汚いし、本当に汚い。レジーナちゃんに見せたくない】

「…どなたか、外側だけ整えて下さいませんか」

「承ろう」



 アランを過保護だと叱ったメイソンでさえ、束ねの書が言った通りに汚いものを整えてくれるらしい。レジーナは全員が過保護なのではないかと思いつつ、しかし確かに音で想像できた通りの惨状をその目で見たことはなかったので黙って甘えることにした。今後はどんなことにも揺さぶられないような精神力を鍛えなければいけないと決意しつつ、目隠しが外されることを待った。



「…」

「…いや、陛下」

「あの」

「…」

「いやいやいやいや、陛下!」

「わ、わわ…」

【おとととと…】



 アランはメイソンから視線を外しながら、隣に座っていたレジーナを束ねの書ごと膝の上に抱きこんだ。汚かろうが綺麗だろうが、アランは踏みつけられながらのたうち回っている生き物をレジーナに見せたくはなかった。あれはレジーナを傷つけた国の生き物であり、探していた罪人の一人。そもそも多少整えた所であれの醜さは変わらない。


 そして、万が一。万が一にもレジーナが、あれを、あれと共に、もし。



「アラン様」

「…レジーナ」

「わたくしのことを、どうか信じて下さい」



 そう請われてしまっては、もうどうすることもできない。渋々に塞いでいた手を外すと目が合ったので、アランは何も考えずに口付けた。唇を離すと羞恥からレジーナが顔を赤らめて目を潤ませていたので、アランはやはり何も考えずもう一度口付けた。



「レ、レジ、ぐああ」

「気安く御名を呼ぶな」

「もうっ、もう安心したまえ、すぐに」

「黙れ」

「汚さないで下さいと」



 レジーナは場の空気を思い出して、真っ赤な顔をそのままにアランをやんわりと押しのけて騒ぎの中心へ目を向けた。そこには様々な種族の人々に踏みつけられている見知らぬ男がいた。レジーナの方を向いて何やら呟いていたけれど、すぐに蹴飛ばされてまた蹲る。通常の感性ならば暴力に慄きそれを止めるべきなのだろうが、どうしてだか一つもその気になれない。それはその男が招かれざる客であると、何も知らされていないレジーナでさえ分かってしまったからだろう。



「で、レジーナ様、これに見覚えは」

「…ございません」

「なに、がっ」

「そうでしたか、じゃあもういいですかね」

「ままま、待てまてまて! 僕は! ヴィント王国の王子だぞ、こっ、こんなことをしてただで済むとおもっているのか!?」

「いや、ここはヒンメル王国だぞ」

「お前こそただで済むと思っていたのか?」

「ひ、ひいい…!」



 ヴィント王国の王子、とレジーナは口の中で呟いた。正直な所、レジーナは貴族の顔などほとんど覚えてはいなかった。社交から遠ざかっていたレジーナに、わざわざ会いに来るような物好きなんていなかったのだ。しかし王子だというのであればさすがに知らないことはないのだが、とレジーナは首を傾げた。


 ヴィント王国には王子が三人いた筈だ、第一王子でないことは断言できる。ヴィント国王に呼ばれた謁見の間で国王の隣に立っていた人がそうであったが、その人ではなかった。では第二か第三であるのだろうが、床に顔を付けているからだろうか全く分からない。確かにヴィント王国の貴族が好んで着る衣裳を身につけているし、王族にしか許されない紋章も縫い付けてあるので王子だというのは嘘ではないのだろう。興味をなくし過ぎていたとレジーナは反省した。もう名前さえも思い出せないのである。



「レジーナ、もういい」

【そうよ、そんなに一生懸命見なくってもいいのヨ】

「しかし、では、あの方は一体何をしに…」

「おま、お前を助けに来てやったんだろうが!」

「助けに…?」

「そうだ! こっこの国でやっと才能が開花したらしいじゃないか! 我が国に戻ることを許してやると言ってるんだ! 父上の御恩情に感謝して、早くこいつらをなんとかしろ!」

「誰に、ものを言っている…?」

「ひっ」



 アランは静かに、しかし明確な重みを持たせた言葉を吐いた。魔力がぱちぱちと軽く弾けて、徐々にそれが会場全体に広がっていく。自称王子は勿論恐れ戦いたが、その他の複数の人も冷や汗をかいた。もう一度何かの刺激があればどうなるのかなど、考える必要もなかった。


 そんな風にまた全体に緊張が走ったというのに、レジーナはやはり少しぼんやりとアランの横顔を眺めた。まだ会って二ヶ月程度だというのに、アランはレジーナの為にこんなにも怒って守ってくれている。そして自身もまだ会って二ヶ月程度の人の腕の中に納まってその状況をただ受け入れている。まるでそれが当然であるかのようで、でも本来ならそれはおかしいことで。そうだというのに、どうしてもアランの腕の中は居心地がよい。ここにいることができるのならば、何だってきるのではないかと錯覚してしてしまいそうなくらいだった。



「アラン様」

「…止めるな」

「止めます、皆さん驚かれていますし…。それに、わたくしが言われたのですから、わたくしがお話します」



 自称王子の言い分はレジーナの子どもの頃からの劣等感を思い切り刺激した。しかしレジーナはもう後ろ指を指されて縮こまっている憐れな子どもではなかった。背筋を伸ばして不当な主張を睨み付けることだってできる。



「殿下、許して頂く必要はございません。わたくしはヴィント王国には戻りませんし、ヴィント国王に感謝することなどヒンメル王国へ派遣して頂いたこと以外はありません。そもそも外交も通さず許可も得ずにこの場に割り入って来たのならば、ヒンメル王国の法に則って処罰を受けるべきです」

「な、なん、ふざけるな! 良いから早く僕を助けるんだ!」



 ここまで来ると本当に何を言っているのだろうとレジーナはもう一度 首を傾げたが、男を踏みつけている人々もそうであるらしかった。



「言っていることが支離滅裂過ぎる」

「こいつ今までどうやって生きてたんだ? 俺なら数分で自治地区から叩きだすぞ」

「頭の悪い生き物のやることに理由を考えてはいけない、理由なく理性なく根拠ないことをやらかすのがこいつらなのだから。メイソン殿、これはもう処理していいのか」

「お待ち下さい、一応は吐かせねば。後もう何だか楽しくなってきたので、自分は続きが聞きたいです」

「趣味が悪いぞ」



 メイソンは半笑いで自称王子の話を促す。アランは殺気を抑えるのに苦労しつつ、レジーナの首元に顔を埋めながらメイソンの悪趣味が終わるのを待った。

読んで頂きありがとうございました。

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