13・民らの覚悟
説明回ならぬモブさんたちの独白回
ですのでさらっと流して頂いても大丈夫です。
ヒンメル王国といえばこの世界でその名を知らぬ者などいない程の大国である。始まりこそ迫害から逃れる為に寄り集まっただけの集落であったが、ある種族は知性に長けある種族は身体能力に長けた。その他にも魔法が使える種族、道具を作る技術を持つ種族など様々な者たちが協力し合い現在の大国を作ったのである。
呪いと怨嗟の雲が覆う安息の地とはいえない土地であっても、多種多様な種族が手を取り合うのは簡単なことではなかった。一番の問題はどの種族から最高権力者を出すのか、という点であった。あちらを立てればこちらが立たぬ状態が長く続いて、それに終止符を打ったのが初代国王であったとされる。
他国からの侵略を防ぐ為に様々な種族の同意を得て、どうにか決められた初代国王は戦争を早々に終わらせると次代の国王を指名すると宣言した。初代国王には子どもがいたが、指名されたのはその子どもではなかった。そもそも指名したのが、初代国王ではなかった。次代の国王を選出したのは天灯す陽時計だった。
天灯す陽時計は誰がいつ作ったのか伝わっていない。初代国王が次代を探す時には既に存在していたことは確かだ。初代国王が天灯す陽時計の椅子に座り「次代を示せ」と唱えると、真っ白な光が天灯す陽時計から溢れ次代がいる場所を指した。その光は初代国王が次代を迎えに行くまで消えず、初代が次代を探し出してやっと消え去った。これはそれからもずっと続いていることで、そうであるからヒンメル王国は世襲制ではないのだ。
何故国の未来を魔道具が決めるのかと、この制度に異論を唱える者も多くいた。クーデターとて何度か起きた。けれどそれらは全て、悉く失敗した。長い歴史の中でただ一度だけ、天灯す陽時計が示した王でない者が数年国王を務めたことはある。しかしその数年の間、呪いと怨嗟の雲の被害が増しモンスターの発現率が増え、自治地区同士の争いも激化した。その状況を憂いた人々が立ち上がり、正しく示された国王を据えるとそれらが収まったという。
不思議と天灯す陽時計が示した者は皆、そういった教育を受けている訳でもないのに国王としての仕事を全うした。天賦の才といってしまえばそれまでで、天灯す陽時計には呪いと怨嗟の雲を退ける以外に、天賦の才を見出す力があるのだということで落ち着いた。
故に、自治地区の長たちは国王に逆らわない。理由は単純明快で逆らって国が荒れ、この地の呪いの力が増しては困るからだ。自治地区には独自の法や税金の徴収が認められておりそれの一部を国に納めることにより、自治地区だけでは解決できない問題や自治地区同士の諍いに介入して貰うことができている。これらが上手く回っているのであればそれでいいのだ。大きくなりすぎたヒンメル王国が、しかし分裂もせずにやって来れたのはこの制度のおかげである。
そんな風に長く続いたヒンメル王国であるが、呪いと怨嗟の雲がこんなに長く退けられている状態は初めてである。各自治地区の長たちはこぞって王城へ事の次第を問い合わせたがその返答が「天灯す陽時計の術者が国王の婚約者となった」であったからどの地区も大変な騒ぎになった。問い合わせへの正確な返答ではなかったが、まあおおよその予測はついた。王城からの情報を元に各々が天灯す陽時計の術者について調べたが、では次は勿論お披露目をすべきだと声が上がるのは当然のことである。
「国王アラン・ヒンメル陛下、魔道士レジーナ・ヴォルケ様、ご入場なさいます」
各自治地区の長たちは驚愕した。天灯す陽時計の術者、レジーナ・ヴォルケは魔王と呼ばれるに相応しい彼らの王、アラン・ヒンメルの横に平然と立っていたのだ。アランは前女王に見出された赤子の時から、歴代のどの王よりも強大な魔力を持っているのではないかと言われていた。彼が王城に入ったことにより、魔力の低い者や力や精神の弱い者などは王城に留まることもできなくなった。その強力な魔力の圧に耐えられなかったのだ。
アランが魔力の制御ができるようになった今でも、その隣に立てる人物は限られているし長たちであっても出来得る限り遠慮したい。それを優し気な年端もいかぬ娘が何の問題もなさそうに、普通に並んでいる様は彼らの度肝を簡単に抜いた。その上、驚きはそれだけに留まらなかった。
【あの自治地区にはね、オンセンっていう熱い泉があってね。冬には皆でそれに入るらしいわ。煮沸消毒かなって思ったんだけど違うみたいなのヨ】
「そうですね。多分、人は煮沸消毒はできないのではないかしら」
【次に来ようとしているのはね、織物が上手な自治地区なの。お洋服を褒めると喜ぶと思うわ。アタクシのブックカバー作ってくれないかしら】
「後で聞いてみましょうね。だから、ちょっと静かに」
【後ね、あっちのね】
「あのね、束ねの書…」
レジーナは何故か、束ねの書を抱えていた。過去、巨人族だった王の為に作られた大きな玉座にアランとレジーナが座ると、その後ろに付いて来ていた国宝はレジーナの膝にちょこんと乗ったのだ。
束ねの書とは、王城が建ってからの歴史全てを記録している重要書物でもあり、歴代国王が荒事に必ず用いる最終兵器のようなものでもある。基本的には王城の奥深くに封印されており、有事の際にしか姿を現さないその姿を知っている者も少ない。しかしこの国で自身で飛び、意思を持って話すことのできる魔道書は束ねの書以外にはない。世界に目を向けたとしてもそのような魔道書はそうないだろう。そのような機能を持たせて作ることのできる魔道具と魔道書は違うのだ。そんな国宝にまるで幼子の相手でもするように接しているあの娘は本当に何者なのだと、各自治地区の長や重役たちは遠くを見つめた。
けれど、彼らを一番に驚かせたのはそれらではなかった。
「レジーナ」
「問題ございません、お気遣いありがとうございます」
【喉乾いたんじゃない? 騎士クン何か持って来て】
「どうぞ、レジーナ様。それの上に零しても結構ですからね」
【何てこと言うのヨ!】
「落ち着いて、落ち着いて下さい。良い子だから」
「…」
「アラン様、面白がらないで下さい…」
各自治地区の長たちが一番に驚いたのは、アランとの相性の良さである。初めから怖がっている様子はなかったが、何故あれで会話が成立しているのか理解できない。
彼らの国王は悪逆非道でもなければ独裁者でもなかった。歴代のどの王よりも秀でた魔力を持っていると言われてはいるが、良くも悪くもそれだけで他の王と同じく正しい王政を敷いていた。正しい王を必要以上に恐れることもないのだが、理性では片付かない所がアランを無意識に畏怖するのだ。式典やパーティーなどで会うことがあっても、近寄って話を長々とすることなんてできなかった。そうであるから彼らは、アランが口下手であることも案外優し気な目をすることも初めて知った。
長い時間をかけて、やっと全ての自治地区の長たちが挨拶を済ませた。そして大体の者がこう思った。
「(国王には、あの方が必要だ)」
元々、天灯す陽時計を使用できる魔道士である。国に縛り付けるという意味で、国王と結婚させること自体に反対意見はない。欲を言えば自身の自治地区の者がそこへ入り込めれば良かったのだが、他の自治地区に取られなかっただけましだとできる。けれど、それだけではない。
この国の王は世襲制ではない。天灯す陽時計に一度選ばれてしまえば、例えもし本人が嫌がったとしても玉座につかねばならない。そこに本人の意思はない。選ばれた者は公平性を保つ為に親兄弟との縁を切らされる。既婚者が選ばれることは少ないが、そうであれば配偶者と子どもを王城に召し上げることは可能だ。ただしその場合はその全員が他の血縁との縁を切らねばならない。
前女王は北側の自治地区の長の血族だったが十代後半で王城へやって来て以降、その自治地区の者とは必ず取次の者を用意し直接会話をしなかった。アランは赤子の時に王城へ連れて来られたので親兄弟も知らねば、どんな親族がいるのか若しくはいないのかも知らない。
アランを捜索する際に前女王は注意深くそれを隠した為、当時捜索に関わった者以外は彼がどこで生まれ誰の子どもであったのかも把握できていない。前女王はその者たちにも記憶を阻害する魔法をかけたので、実際にはもう彼女以外に知る者はない。そこだけを切り取るのであれば、ヒンメル王国の国王とは生贄に近しい。
単純にアランという男を憐れむ者は少なからずいた。何せアランは羊の獣人であった。獣人であればその獣の質の通りであるという程、単純である訳ではない。しかし他の羊の獣人を見るに、彼らが本能的に仲間との触れ合いと団体行動を好み平穏を愛していることは明らかだ。けれど、次期国王として育つ彼に不用意な友人は作らせられない。そもそも彼に近寄れる子どもがいなかった。どんなに力が強かろうと子どもであったアランが、一人ぽつんと大人に交じって座っている様を見て多少心を痛める程度の身勝手な良心くらいは、ほとんどの者が持ち合わせていた。
あの魔力であるから難しかったかもしれないが、王として呼ばれることがなければ、同種族と寄り添って生きることもあったのかもしれない。子を持つ親である者などは特にそう思っていた。しかしそんなことを考えている自身たちでさえ、アランに寄り添えるだけの力を持ち合わせていない。当たり前ではあるが、どの一族の娘たちも王妃になるには至らなかった。アランを恐れない前女王時代から王城に仕えている者たちもいたが、彼よりもずっと年上の者ばかりだったし前女王が退位した際にごっそりと退職している。
【ねえパーティーって真ん中で踊るものじゃないの?】
「今回はダンス無しのパーティーなんですよ」
「して頂いて構いませんよ、楽士に伝えてきましょうか」
「ご遠慮致します」
【何で?】
「…あまり、得意でなくて」
「なら」
「本当に今日は、お許しください。次までに練習をしておきますので」
【(今、王様なんて言ったの)】
「(レジーナ様の反応から察するに、それなら場数を踏んだ方がいい、ですかね?)」
【(この王様、ほんと通訳が必要)】
「(自分も欲しいです)」
あの一人きりで大人の中にいた子どもは、もうどこにもいないようであった。集まった者たちは純粋に、国民として良き王の幸せを祝福した。二人の障害になるモノがあるのであれば、全力で排除しようと決意する程には。
このパーティーで事が動くと、王国騎士団騎士団長からのお達しが出ている。全員の業腹であった、乳幼児誘拐事件についても今回で全て解決する見通しだ。主犯だったレーゲン公国は滅ぼし、子どもたちも全て取り返した。しかし罪人はまだいる。罪は裁かねばならんし、それが国王の妃となる方へ更なる不敬を働くとなれば恩赦を挟む余地はない。全霊の呵責を与えねばと、ある者は密かに魔力を練りある者は忍ばせた武器に手を乗せた。
読んで頂きありがとうございました。
ヒンメル王国は王国としているものの、どちらかといえば連合国的な組織です。各自治地区は一つ一つが国といっていいレベルの大きさなのが多く、それぞれに特色があります。小さいのもありますが、呪いと怨嗟の雲から逃れる為に皆で力を合わせた結果沢山の人が集まった所が多いです。
王様は世襲制ではありませんが、各自治地区は世襲制が多いです。貴族制みたいなのを取り入れている地区もあります。地区の移動は禁止されていないので、生まれた所から出て自分に合う地区を見つけるのもok。その場合、旅の途中で雲の餌食にならないくらいの智恵と力量が必要でした。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




