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12・華やかな準備

「首尾は」

「滞りなく」

「あっけないものでしたな。もう少しこう、裏があるかと思ったのですが」

「所詮はその程度だったのでしょう。…しかし切り札を持っていてもおかしくはございません、引き続き監視を続けます」



 アランは執務室で報告を受けながら書類を睨みつけていた。鳥の部隊に調べさせていた事柄についての報告書は、端的なものだけであるというのに気分が悪くなって仕方がない。ヴィント王国とヒンメル王国の間にあったレーゲン公国を滅ぼす理由となった事柄は、彼の国が失われた今でも未解決のままだ。



「それにしてもあの国の者は心臓が強い。呼ばれてもいないパーティーに出席したがるなどと」

「…」

「怒らないで下さいよ。あそこが一番叩きやすいのだと、陛下もご納得下さったでしょう?」

「レジーナ様の身辺警護に関しましては、我々も一枚噛んでおります。不足はないかと」

「決まってから申し上げるのも何ですが、必要でしたかね。騎士団で十分に事足りたかと」

「貴殿らは正面にはお強いが、死角からの分にはどうも。それこそ我らの仕事かと」



 メイソンがそう笑いかければ、鳥の部隊長は目を細めて彼を見据えた。アランはそれに呆れながら報告書を読み進めていく。そんなことに付き合ってなどいられなかった。



「いやはや、確かに。道理ですな」

「ご理解頂ければ幸いだ。では、陛下。失礼致します」



 暫くの睨み合いの後、鳥の部隊長はアランの執務室から出て行った。メイソンはその間ずっと笑顔を絶やさない。長い付き合いからメイソンがひどく面白がっているのを正確に読み取ったアランは、しかしどうするでもなくそれを無視をした。



「最近、彼、陛下を怖がらなくなって良かったですねえ」

「そうか」

「何でもレジーナ様効果だそうですよ。お二人があんまりにも仲睦まじいので、怖くなくなってきたのだとか。使用人たちの間でももっぱらの噂で」

「ああ」

「はは、良いお妃様が来られて我々も一安心でございます」

「まだだ」



 メイソンは、何でもないようにぱらぱらと書類を捲るアランを振り返った。子どもの頃から表情の変化が乏しく、慣れるまでは何を喜び何を嫌がっているのか悟らせなかったアランであったが、付き合いが深まれば自然と何を考えているか分かりやすい所があった。しかしメイソンは今、アランが何を思っているのか理解ができなかった。否、したくなかった。



「まだって何です、まだって」

「まだは、まだだ」

「貴方たち最近、所構わずあんなにべたべたしておいて、それこそまだそんなことを仰るのですか」

「煩い」



 メイソンは天を仰ぎ、腰に手を当てふうと息を吐いた。この子どもは昔から一度言ったら梃子でも動かない。



「お早くどうぞ」


―――


 パーティーの当日は、朝から皆が慌ただしかった。始まりは夕方からであったが使用人たちは走り回り、メイソンは警備体制のチェックに奔走し、レジーナとアランは衣裳の最終調整で部屋に閉じ込められた。衣裳の合わせ中にもやることは多くあり、あっという間に開始時間となった。



「レジーナ様、あの…。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫ですよ。大丈夫なんです」



 言い聞かせながらレジーナは深呼吸を繰り返していた。レジーナ自身が主役のパーティーなんて、両親が存命中にやった誕生日のティーパーティーが最後だ。しかし当時から既に魔力の才能がないと知られつつあったレジーナの誕生日に、貴族子弟たちはあまり来なかった。両親の貴族階級でない友人たちやその子どもが集まってくれたそのパーティーは昼間ということもあり、アットホームな雰囲気で和やかに行われたのだ。レジーナの数少ない楽しかった日の思い出である。


 今回のパーティーはまず規模が違う。レジーナの生国であるヴィント王国はヒンメル王国の十分の一もない。ヒンメル王国が他国と比べ規格外に大きいというのもあるが、自治地区一つをとってもヴィント王国よりは大きい。そんな自治地区の長とその伴侶や重役が一堂に会するパーティーは、会場の広さも人数の多さもとんでもないものだった。少なくともレジーナは生国でその規模のパーティーの話を聞いたことはない。


 いくらアランが傍にいてくれるといえど、緊張をしない筈がないのだ。これは仕方のないことである、と自身を慰めながらレジーナはもう一度深呼吸をした。



【大丈夫よう、レジーナちゃんとってもキレイ!】

「そうです、わ!?」

「あら、束ねの書。どうしたの?」

「た…!」

【アタクシもパーティー出たい】

「…いいのかしら」

【やだやだ! 出る出る! やだやだやだやだ!】



 使用人たちが唖然とする中、束ねの書はレジーナの部屋で盛大に駄々をこねた。上下左右に飛び回り、抗議のつもりなのだろうかページをばらばらと開いたり閉じたりをしている。レジーナが隙をついてちょんと触ると【あー】と鳴きながらローテーブルに着地した。束ねの書は興奮すると稀にこうやって飛び回ったので、レジーナはもうこの対応には慣れていた。



「アラン様に聞いてみてあげますから、暴れてはいけません」

【一緒にお願いしてネ】

「勿論。ですが、アラン様が駄目と言ったら駄目ですよ」

【しょうがないわね、王様がダメって言ったら諦めるわ】

「ですが、束ねの書。そもそも書庫の外に出ても良いのですか?」

【出られたからいいのヨ。ダメだったら出られないから】

「そういうものですか…?」

「(レ、レジーナ様、レジーナ様!)」



 使用人の一人が控えめに、しかしひどく慌ててレジーナの手を引いた。何故か声を落としているので、レジーナもつられて声をひそめる。



「(どうしました?)」

「(こ、国宝である、束ねの書が、ど、どうして、ここに!?)」

「(…国宝)」

「(国宝ですよう! 天灯す陽時計の次に古い魔道具だと伝わって)」

【アタクシは魔道具じゃなくて、魔道書ヨ。そこを間違えないで欲しいわ】

「ひえ!?」

「束ねの書、貴方 国宝だったのですか」

【そうなの? 知らないわ、どうでもいいじゃないそんなこと】



 またふわふわと浮かびだした束ねの書は、無邪気にゆらゆらと宙で揺れている。使用人たちは変わらずわたわたと慌てていたが、どうすることもできずその様を見つめていた。それもそうだろうとは思う。国宝というものはその文字の通り国の宝であるのだから普通、美術館や博物館、或いは金庫で厳重に管理されているものだろう。それがいきなり正面を飛び回っていれば驚きよりも戸惑いや焦りが勝つかもしれない。


 そんな使用人たちを他所に、レジーナはこの前に束ねの書が自分でアランにぶつかりに行ったことを思い出して、一人で吹き出してしまった。



「…ふっく、ふふ」

「レジーナ様ぁ」

【あら、レジーナちゃんご機嫌じゃなあい】

「ふふ、だって、束ねの書。国宝が、国王の頭を叩いちゃ駄目じゃないですか…!」

【え、それ国宝 関係ある?】



 先程までの緊張が嘘のように、レジーナは笑いが止まらなくなってしまった。使用人たちがこの状況を、レジーナにどうにかして欲しいと思っているだろうことは察していたが、それどころではなく笑えてきて仕方がなかった。



【もう、レジーナちゃん笑い過ぎ!】

「ご、ごめんなさい。…ふ、ふふ、だって」

【もうおお】

「ああ、陛下! メイソン様!」

「ようございました、お早く!」



 レジーナの笑いが治まるより早く、アランが迎えに来たようだった。部屋に入ったアランは中の様子を見てキョトンとし、アランに付いてきたメイソンは顔を強張らせた。



「束ねの書!? 何故、どうやって書庫から出たのです!」

【騎士クンうるさーい。出れたんだもーん】

「…出れたのか」

【あ、王様! アタクシもパーティー出る!】

「はあ!?」

【騎士クンには聞いてない!】



 メイソンがひどく怒っているのを見て、レジーナの笑いはやっと治まった。やはり国宝があの書庫から出るのは問題があるのかもしれない。けれど一緒に頼んであげると約束をしたのだから、一度は頼んでみようとレジーナはアランに近寄った。


 アランは近寄ってくるレジーナに気が付くと、とりあえず抱きしめた。最近は出会い頭にこうされることが増えたので、レジーナは抱きしめられることに随分慣れた。



「アラン様、束ねの書の件なのですが」

「構わない」

「陛下!」

【やったあ! 王様さすが! レジーナちゃん抱っこ!】

「まあ」



 束ねの書はメイソンから逃げるようにレジーナの胸に飛び込んできた。自身を持てなどと束ねの書が言うのは初めてである。レジーナは少し驚いたが、大判な見た目に反して軽い束ねの書を持つことは別段苦ではなかったのでそのまま抱えた。それをメイソンが何とも言えない表情で額に手を当てて見ている。



「…閣下、あの」

「構いません、もうずっとそれ抱えていて下さい。何ならワインでも零してやればいい」

【何てこと言うのヨ! 大体レジーナちゃんはそんなことしないわよ!】

「ああ、はいはい。本当に大人しくしておいて下さいよ。陛下もですからな」

「…」

「こっちを向け」

【ねえねえ、レジーナちゃんには?】

「レジーナ様は貴方たちとは違ってきちんとされているので大丈夫です」

【それもそう】

「求めているのは同意ではなく、自重なのですよ。…レジーナ様、もう笑っていいですから」

「だ、大丈夫です。お気になさらず」

【全然大丈夫じゃなさそう】



 一通り叫んで落ち着いたらしいメイソンは、笑いを堪えているレジーナを目ざとく見つけて諦めたようにため息を吐いた。



【そんなことより王様、レジーナちゃんすごいキレイ】

「ああ」

「陛下、もっと他に何かあるでしょう。言葉にしなさい、言葉に」

【そうよ、この朴念仁】



 レジーナは苦笑いをしながら、耳を赤くした。アランは口には出さなかったものの、じっとレジーナを見て目元を緩ませていた。恐らくとても喜んでいるようで、そういえばこの衣裳も一応アランが選んだのだったなとレジーナは思い出した。


 白を基調にした花弁で作ったようなドレスは、アランが選んだ時よりも飾りと刺繍が増えて更に美しく繊細に仕上がっていた。ドレスに着られているのではないだろうかとレジーナは不安に感じていたが、アランの反応を見るに変ではないようだと胸を撫でおろした。



「とても、綺麗だ。…レジーナはいつでも美しいが、今日は殊更愛らしい」

「お褒め頂き、ありがとうございます。あの、アラン様も素敵です」



 何とも微笑ましい限りであると皆の視線が和らいだ所に、外から戸を叩く無粋な音が響く。



「失礼致します。あの、お時間が」

「あ」

読んで頂きありがとうございました。

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