第三話 最強無敵な彼女
第三話となります。
・この世界にはファンタジーで言う魔物がいる。
・魔法とスキルという概念がある(重要)。
・この世界は強弱の概念がぶっ壊れている。
・基本、人間は完璧な生き物として生活しており、寿命こそは普通と変わらないが身体能力、免疫能力は異常に高く、病気、風邪にもほとんどならない。
・強い身体能力に合わせて家具なども相応に重い(ナナにとってはそれでも不十分らしい)
・幸いなことに、食べ物は普通に俺でも噛み砕けるものであった。
以上、俺が転移してしまったこの世界についてまとめたことである。
他にも色々と問題はあるが今は、それは後回しにしよう。
とにかく認めがたいが、この世界では俺は下の下の下の下を行くほどに最低限に貧弱な人間であるようだ。
「……夢じゃなかった」
そして、今この世界にやってきてから三日目の朝、嫌というほど痛感させられていた。
あぁくそったれぇ。
どうして元の世界に帰れないんだよぉ。
「どうせなら、俺以外全員駄目な奴の世界に行きたかったよぉ……!」
「それって楽しいとは思えないよ……?」
ベッドの上で頭を抱える俺を、最初から開け放たれている扉を通りがかったナナは、やや憐憫の眼差しで俺を見てくる。
「うるせぇ! 生まれながらの究極生物が!! 最強!! 絶対無敵!!」
「どうしてそんな酷いこと言えるの!? わ、私はか弱い女の子になりたいのに!!」
「昨日、俺を殺しかけておいてよく言うぜ!!」
思い出すは昨日、元の世界に帰るために例の泉にやってきた時の話だ。
●
「確か、ここに俺がやってきた泉があったはず……」
異世界転移生活二日目。
一日頭を冷やし、今一度冷静になった俺は、一緒についてきてくれたナナと共に俺がこの世界にやってきた時にいた泉へと向かうことになった。
道のりとしてはドラゴンとナナが戦った場所の近くに泉があるのを覚えていたのでそこから泉へと移動する。
「ここがそうなの?」
「ああ……」
特に何事もなく到着したのはいいが、本当に見た目は公園の噴水みたいな大きなの泉だな。
深さも膝ほどまでしかないし、なにか特別な文字とかが書いてあるようにも見えない。
「こんなところがあるなんて知らなかった……」
「蔦とかに覆われてるからな……」
足元に捨ててある赤ん坊の玩具を一瞥しながら、とりあえず泉へと入ってみる。
ナナが見繕ってくれた服と靴が濡れてしまうけど、試さなければ始まらない。
「どう? なにか変わった?」
「いや、特には……」
一分、三分、十分と、泉の中にいても何も起こらない。
試しに溺れてみようと、全身を浸かって確かめてみてもただ死にかけただけで、これまたなんにも起こらなかった。
結局それだけで一時間が過ぎてしまった。
「え、えぇと、残念だったね……」
「ちくしょう……」
泉の端に座りながら、絶望に暮れる。
なんとなく分かっていたが現状で元の世界に帰る手段はないようだ。
「まだ方法はあるよ! だから、元気出して!!」
「……ああ。そうだ、その通りだな」
――ぶっちゃけ、俺はそこまで今の状況に悲観してはいなかった。
自分が帰れないという事実に絶望こそすれど、ナナがいてくれたことは俺にとっては希望であった。
それに加えて、彼女は異世界ファンタジーならヒロインを張れるくらいの美少女だ。
「ごめんね……昨日のこと、貴方の気持ちも知らないで好き勝手なことを言って……」
「……いや、いいんだ。俺もそこまで怒ってなかったから」
散々無礼な言葉を言われはしたけど、悪い子ではないのは分かっていた。
なので、俺はあまりを気を遣わせないように、落ち込んだ雰囲気を和やかにするために気障な言い回しをしたのだ。
「それに、俺はまだ諦めないしな! むしろまだナナみたいな可愛い子とまだまだ一緒にいれて嬉しいくらいだぜ……!」
なんでこんなことを言ってしまったんだろう、自己嫌悪に陥りながら恐々とナナを見ると、彼女は顔を真っ赤にさせて頬に手を当てていた。
「え、えへへ……いきなりそんなこと言うなんて、て、照れるじゃん!! もう褒め上手だねぇっ!!」
照れながら、軽く手で肩を押してくるナナ。
まあ、避けるまでもなく甘んじてその手を受けたその時――、俺の脳裏にこれまで歩んできた人生がよぎった。
『おれって千年に一人の天才だからな!』
『俺以上の才能持っているやついる?』
『基本? そんなのやったことないね!』
『あー、才能ありすぎて困っちゃうなぁ、俺!』
『ふーはっはっはっ! 文武両道とはすなわち俺!!』
幼稚園から、高校生になるまでの記憶が一瞬で思い起こされる。
あっ、これ走馬灯だ。
と、気づいたときには俺の身体に隕石の直撃を受けたと錯覚するほどの衝撃が全身を襲い掛かった。
「ぎゃぴッ!?」
全力投球したボールのようにその場を吹っ飛ばされる俺。
地面と平行に吹き飛びながらも奇跡的に木々の間を抜けた俺は、いくつもの藪を突き破りながら開けた空間へと投げ出される。
しかし、衝撃はまだ続き、次には眼下に移る湖の水面に俺の身体が叩きつけられる。
「ぐは、ごぼっ、あばぅ!? ぐはぁ!? ごっ、ぶっ、がっ!?」
水面を跳ね、水しぶきを立てながら水切りのごとく、湖面を一直線に横断し対岸の地面へと叩きつけられたところで、誰かに抱きかかえられようやく、勢いが止まってくれる。
「あ、え、ご、ごごご、ごめん!! わ、私ったらつい加減ができなくて……!! 大丈夫?」
「……ッ……ッ……ッ!?」
「た、大変! 子犬みたいに震えてる!?」
俺をボディタッチで吹き飛ばしたナナがいつの間にか先回りをして俺を受け止めていた事実に恐怖しかなかった。
あんな軽く触っただけで百メートル以上を軽々と吹っ飛ばされた事実に恐怖しかなかった。
今、彼女の腕の中にいるという事実に恐怖しかなかった……!!
そして、奇跡的に生きていられたことにただただ自分が生きていることの喜びをかみしめるしかなかった。
「怪我は、ないようだね。よかったぁ……」
性格も容姿も天使そのものだが、その肉体は神がかったレベルでやばい。
なんなら今でも見惚れてしまいそうな笑顔を見せるナナに、身体が震える。
「ナ、ナナ……」
「ん?」
「悪いけど、俺から離れてくれ……ご……いや、じゅ、10メートル以上……」
「……本当にゴメン……」
彼女の一挙一動が俺を殺したりうる凶器。
普段はありえないほど手加減して、接してくれていることを再確認すると同時に、俺は彼女という人の身体に押し込めた巨大最強生物に、これ以上にない恐怖を刻まれてしまったのだ。
●
「奇跡的に怪我はなかったけど、本当に死ぬかと思ったぜ……」
「昨日は本当にごめんなさい。今度からは気を付けるから……」
「本当に頼む……」
この家でお世話になっているからにはあまり強くも怒れない。
とりあえず居間に移動し、クソ重たい椅子を動かし朝食を食べることにする。
「とりあえず、帰る方法が分からないとくれば……その方法を探さなきゃならないが、まずは仕事だな」
朝食のパンを口にしながら、木皿へ注がれたミルクを飲む。
木製のものならそれほど重くはないので普通に食事が取れていいな……。
うん、かつてここまで木製のものを好きになったことがあるだろうか……?
「え、ユーマくん働くの?」
「元手がないと話にならないだろ」
どの道、俺はこの世界では一文無しだ。
しかも居候のヒモ男のようなものなので、働き口を見つけなければならない。
それに俺のプライド的に、頼りっぱなしは許せんのだ。
「私がお金を稼いでもいいけど?」
「いや、駄目だろ。そもそも君は普段、どうやって稼いでいるんだ」
「ん? 隠れてドラゴンを倒して、鱗をいくつか剥ぎ取って換金してるだけ」
さらっとドラゴン倒しているってどういうことなんだよ。
勇者の前に立ちふさがる障害をスナック感覚で片付けないでくれよ……。
「この世界のドラゴンってそんなに弱いの……?」
「え、ううん。すっごく強いらしいよ? ギルドの人たちでも撃退するのがやっとなんだぁ」
目の前の可憐な少女の規格外さがアップした。
その赤い綺麗な髪はドラゴンの返り血とかそういうものじゃないよね……?
「君、普段病弱って偽っているんじゃないのか?」
「拾ったって言えば、普通に換金してくれるからそれほど気にはされないよ?」
めっちゃアバウトな世界なのは分かっていたがまさかそこまでとは……!!
あれか完全生物な分、危機感がないのか!?
「問題は、俺が働ける場所があるかということだ……!」
「あ、じゃあ、紹介してあげようか?」
「え!? いいのか!?」
思わぬ提案に喜色の表情を浮かべる。
すると彼女は気のいい笑みを浮かべて頷いてくれる。
「うん。こう見えても私、都市でも顔が広いからね。君の働く場所も紹介してあげられるよ」
「あ、ありがとう、ナナ……!! 君のことは人間大の巨大ロボットみたいに思ってたけど、違った。君は、戦女神だ……!!」
「それ褒めてる……?」
勿論、褒めているとも。
「とりあえず、今日知り合いの人たちに君を紹介してみるよ。あ、でも正式には無理だからお試し期間って感じにするけどいいよね?」
「ああ、後は俺の頑張りにかかっているわけだな……!!」
元の世界に帰るための情報収集として、まずは金策だ。
そしてそれと同時にこの世界がどんな文化、常識を以て成り立っているのかを確認しておかねば……!!
恐怖を刻みつけられた主人公。
照れると普段からしている手加減がちょっと外れるヒロインでした。
次話も本日中に更新いたします。