第二話 最弱への転落
第二話です。
初対面で割と心を折られてもおかしくない言葉を満面の笑顔で言い放たれた俺は、仰向けで気絶するドラゴンのいる場所で暫し衝撃で動けなくなっていた。
目の前には赤い髪の少女。
年齢は同じくらいの彼女がどうしてあんなでかいドラゴンを殴り飛ばせたのかは理解できないが、少なくとも今自分が置かれている場所があの世でないことは理解できた。
「どうしてそんなに強そうに見えなく出来るの!?」
「え、ちょ……離し……」
両肩に手を置かれたまま詰め寄られる。
端正な顔が間近に迫ったとしても、この凄まじい腕力がときめくことを許さない……!
「どんな修行を!? それ私にもできる!?」
「あの、力、強っ……」
「本当にすごい! 一目見て敵意とか戦意も失っちゃうもん!」
「や、やめ……」
この子力強すぎじゃないか!?
この俺が外そうとしてもびくともしていないし、そもそも外そうとしていることすら気付いてないぞこの子!? やばい! 確実に今仰向けで気絶しているドラゴンよりもこいつはやばい!?
「おい、悲鳴が聞こえたが!!」
「「!?」」
動けなくなっている俺の耳に、今度は別の誰かの声が聞こえる。
すると、しまったと言いたげな顔で口を押えた少女がきょろきょろと周囲を見回すが、周りの樹はなぎ倒され、かなり見晴らしのいい場所になってしまっている。
そんなところに、三人の男女がこれまた忍者のような速さでやってくる。
「これはッ、グラエスドラゴン!?」
「うわ、気絶しているぞ」
「中々やるじゃない! いったい誰がやったのかしら!」
やってきたのは軽装の鎧を纏ったファンタジーっぽい雰囲気の人達。
仰向けに気絶するドラゴンに目を丸くしていた彼らは、最初に慌てふためく少女に気付いてから、その次にやや驚いた様子で俺に気付く。
「ナナ……? 君は世にも珍しい病弱な子じゃないか……。駄目だろ、こんなところに来てしまったら」
「まさか、このドラゴンを君が?」
あわあわと中々に可愛らしい反応を見せた少女は何を思ったのか、突然口元に手を当てる。
「ご、ごほぉ、ごほぉー」
「?」
なんだそれ? 咳の……つもりなのだろうか?
こんなわざとらしい咳は見たことない。
「だ、大丈夫か? む、無理をするんじゃない……!」
「そうよ、貴女は身体が弱いんだから……そうね、よく考えれば貴女がドラゴンを倒せるはずがないわね」
しかし、なぜか騙される初対面の三人。
こんな演技に騙されるのか? と驚いていると、突如として俺の後ろに回り込んだ少女は、肩を掴み俺を前へと押し出した。
抗えないパワーに俺は一瞬ジェットコースターに押されたような衝撃に身体と脳を震わされる。
「い、いえ! この人なんです!」
「は?」
「私、この人に助けられたんです! 発作で危ないところを助けられて……」
は? なんで俺がこいつを倒したことになってんだ?
だがどういうわけか、後ろに立つ少女のことを知っている三人は、得心がいったような顔をする。
「その若さでグラエスドラゴンを単独で打倒してみせるとは! すごい戦士だな君は!」
「ぐらえす……?」
「服装からして旅のものか? 戦闘でボロボロになっているじゃないか」
たしかに上着も靴も何もかも失い、ドラゴンのブレスで煤汚れているが、断じて俺が戦ったわけじゃない。
「いや、ちょ……」
「我々にすら強さを悟らせないとは……」
「最初、存在にすら気付かなかったからな」
「それだけの達人と思えば納得だわ」
とりあえず俺の話を聞けぇ!!
意味が分からん!!
そして、遠回しに存在感が薄いと言われたのか俺!?
「とにかく、一旦街に戻ろう。じきに日も暮れるからな。……君、宿は既に決めているのか?」
「あ、それなら私のところに! お礼もしなければいけませんから!」
「おい、何を勝手に―――」
「ごめんなさい。でも今は言うことを聞いて……」
とんとん拍子に話が進められて行っていよいよ俺は何が起こっているのか理解できなくなってくる。
なんで、俺がドラゴンを倒したことになっているんだよ……!
俺の拳は通じなかったし、事実でないことを褒められるのは一番嫌なんですけど……。
●
衝撃的なことに街とやらには徒歩で二〇分ほどで到着してしまった。
そんなあたり一面燃やし尽くすドラゴンの住む場所から徒歩二〇分の距離に街なんて作るか普通? という尤もな疑問を抱いていた俺だが、町の光景を見るなりその疑問もどこかに吹っ飛んで行ってしまった。
「なんだよ、ここ」
やってきた町は、日本のそれとは全く異なる別世界であった。
始めは自然の多い田舎にでも出るかと思い込んでいたが、視界に映りこんだのはファンタジー映画などで見るようなレンガ造りに似た建物。
しかし、その一方で街灯のようなものが通りには並び、店先には機械に似た丸みを帯びた道具が売られている。
まるで昔の外国に逆戻りしたような剣やらなにやらを装備した兵士。
そして、身の丈を超える工具を振るっている職人。
目に移る全てが異質に思えるほどに——、
「ん?」
気のせいだろうか?
今、ファンタジーな光景以上におかしな光景が映り込んだような気が。
ただ目の前の光景に驚いていると、足元になにか黄色いボールのようなものが転がってくる。
「あ、お兄ちゃーん! ボールとってー」
「あ、ああ、構わないぞ」
足元に転がってきたボールを片手で拾おうとする……が、なんだこれ?
「なにこれ、重……」
「お兄ちゃーん」
ほ、砲丸? 少なくとも五キロはある黄色いボールを持ち上げた俺は、下投げで放るように子供達へとボールを戻す。
「ありがとー!」
「こっちちょうだい!」
「いっくぞー!!」
ボールを受け取った子供は振り返ると同時に、片手でそれを勢いよく放り投げる。
まるでキャッチボールをするように砲丸に近い重量のボールで遊んでいる子供に眩暈を感じる。
「こっちだよー」
再び声をかけてきた少女についていく。
やけに急いでいるようだが、俺はまだ彼女の名前すらも知らないのだが。
道を進んでいくごとに、周囲の異質さを目の当たりにしていく。
丸太を軽々と担いでいる老婆。
大きな瓶を抱えた主婦らしき女性。
壁を走りながらそこらを駆け回っている子供達。
目に移る全てが、現実味がなくおかしかった。
「俺はやはり死んでいるのか……?」
それとも自分の溢れんばかりの才能を振りまきまくっていた俺への罰なのか。
「ついたよ。ここが、私の家なの」
周りの変化に現実逃避していると少女の家に着いたようだ。
日本とは大きく異なる西洋風の建物だ。
「家って言われても、そもそも君は誰なんだ?」
「まずは中に入って。話はそれからにしよう」
開けられた扉に渋々頷きながら家へと入る。
家は、とても彼女一人で住んでいるような場所には思えなかったが、家に招かれた俺はそのまま居間のテーブルへと案内される。
「ここに座って」
「あ、ありがとう」
引かれた椅子に腰かけ、そのまま動かそうとして動かない。
「ん?」
引っ掛けたのかな? まあ、動かないならこのままいいんだけど。
すると、お茶のようなものを淹れてくれた彼女が俺と自分の座る席の前にマグカップを差し出した後に、目の前の席に腰かける。
「ようやく自己紹介ね。私はナナ。ナナ・メラルーカ」
「俺は……出原悠馬だ」
「イズハラ・ユーマ? じゃあ、ユーマって呼ぶね。君はどうしてあんなところに?」
彼女に自分がこの場所に来てしまった経緯を話す。
勿論、玩具の赤ちゃんの部分は省いてだ。
「気づけば見知らぬ森の中に……」
「ここは、どこなんだ?」
「東の都市パワルワ。聞き覚えは?」
「……ない」
「……やっぱり……」
なにか思い当たることがあったのか、顎に指を当てたナナが思案するような素振りを見せる。
「貴方って別世界から来た人なの?」
「は? どうしてそう思うんだ?」
「だってものすごい弱いしっ!」
笑顔で弱いって言われるとここまで傷つくなんて知らなかったぜ……!
ショックを受けていると、ララはおもむろに近くの本棚から古ぼけ本を取り出し、俺に見せてくる。
「おとぎ話にさ。書いてあるのっ!」
「なにが……?」
「貴方みたいな弱くて凄い人!」
「……。悪い、読めな……読めるだと?」
どういうことだ?
書いてあるのは日本語ではないのに読めるぞ……!
本格的に意味が分からなくて困惑していると、ナナが興奮気味に本の一文を指さす。
「昔さ、別の世界からやってきた人がいたんだって!」
「うん」
「その人はね、私達よりもずっと身体が弱くてね! 不完全な生き物だったの! すごいよね!?」
「いや、なにが?」
全然すごくないんだが。
むしろ俺の立場から言わせてもらうと見下されてもおかしくない立場にいるんだが。
「だって、完璧じゃないんだよ!? 完璧じゃないってすごいじゃん! 私達はびょーきとかカゼにもかからないし、生まれた時から強いんだよ!」
「嫌味……?」
この世界の人間は完全生物かなにかか?
たしかに子供達もとんでもない重さのボールをキャッチボールしていたし不思議ではないが。
「強いのは普通だけど、弱いと普通じゃないんだよ! 弱ければ皆に心配されるし、ち、ちやほやもされちゃうし、一人じゃなくなるし!」
「なんだよ、君は俺みたいになりたいって言うのかよ」
「……!」
やや刺々しい俺の言葉にナナは面を食らったような顔をする
「私、他の人よりずっと、強いから」
「ズット?」
「多分、この都市で一番強いと思う。全然、自慢できることじゃないんだけどね。あはは」
自慢できることだと思うんですけど。
なんだ? もしかしてこの世界じゃ強いってことはそこまで自慢できることじゃないのか?
弱いことで自慢できるとか悪夢どころじゃない……!
少なくとも、17年間を期待と要望の眼差しを向けられてきた俺にとっては……!
「だって全然女の子らしくないじゃん! 強すぎるって!」
「それは個人の意識によるものだと思うんだけど……」
さすがにナナの意見を否定はしないが、まずこの子がどれほど強いのか分かっていない。
……ドラゴンをワンパンでぶっ飛ばせるくらいだってことしか。
「……どうするかな」
そう呟きながら手元のカップに手を伸ばす。
紅茶のいれられたそれを手で持とうとすると、なぜかカップは微塵も動こうとしない。
「ッ、いや、重……なにこれ……おっもッ」
「なにって普通のマグカップだけど……まさかそれも持てないの? すごい……」
ひょい、と指でつまんでマグカップを持ち上げるナナ。
珍獣を見るような視線を受けた俺はムキになる。
「な、なにおう!」
カチーン! ときた俺はなんとか片手でマグカップを持ち上げようとする。
見た目から想像もできないほどの重さのマグカップ。
重さ十数キロ以上のそれをプルプルと手を震わせながら持ち上げる。
「こんなもの俺だって! 俺だってなぁ!!」
「あの、無理しない方が……」
「ぬぐぐぐぐ! 俺だってなぁ、意地が、意地がぁ、ある……!!」
なんとか口に運び、お茶を飲む。
さすがに水は普通の重さなのか喉を潤すことに成功したが、腕をまたプルプルさせながらテーブルにマグカップを戻す。
「はぁ、はぁ、はぁ……! 喉乾いた……!」
逆に喉が渇いてしまった。
「す、すごい……」
めっちゃキラキラとした目を向けてくるナナ。
ちくしょう、世界全体の力の基準が高いからか日用品までも相応の重さになっているってことか?
待てよ、それじゃあ彼女に引いてもらった椅子も……重い!?
「あ、あのさ、帰る方法は分かる!?」
「いや、分からないけど……」
「なら、ここに住んでもいいよ! その代わり―――」
テーブルに身を乗り出した彼女にやや引き気味になる。
「私に君の弱さを教えてくれない!?」
「君、どんだけ酷いこと言っているか分かってる!?」
滅茶苦茶すぎる提案に俺はそう返さずにはいられなかった。
「い、いや待て、君の言葉を信じるとしたら、前にこの世界にやってきた俺みたいなやつがいるんだろ!? その人はどうなった!? 元の世界に帰れたのか!?」
まずそこが問題だ。
誰が好き好んで自分より優れた人間だらけの場所にいたいと思うんだ。
別に悪口を言うつもりはないが、さっさと元の世界に帰りたいのだ。
「えぇと、あのね。本によると、その人は王国で保護されて……」
「保護されて?」
「……それ以降音沙汰なし。なんの話も出て来てないの」
「……」
やばくないか?
これアレだよな? 見世物として囚われたか、貴重な弱い人間として囚われたってことも考えられるよな?
嘘だろ……!? 迂闊に自分の正体を明かしづらくなった。
まさか弱すぎるって理由だけで捕まりそうになる可能性があるとか悪夢でしかねぇんだけど。
強さみせたくない系ヒロインのナナ。
本作のオーガ枠(!?)
彼女から見ると、主人公は迷いこんだ子犬のような認識となっております。
次話もすぐさま更新いたします。




