出帆
お待たせしました。何とか間に合いました!
「「わっはっはっは!!」」
先ほどまでの死闘が嘘のような笑い声が港に響き渡る。魯は、反乱軍の将軍からの詰問を、ある時ははぐらかし、ある時は揶揄いながら、のらりくらりとかわし続けていた。その絶妙な「とぼけ」っぷりに、敵味方の兵士らすら思わず吹き出していたのだ。
問答が三十分を過ぎた頃、将軍の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。魯は背中で密かに指を動かし、楼船へ合図を送る。伝令を受けた船内の将兵は、反乱軍の死角となる海側で手旗を振り、他の軍船へと指示を飛ばした。
(……そろそろ潮時か)
魯がそう直感した瞬間、ついに堪忍袋の緒が切れた将軍が吠えた。
「問答無用! 皇太子殿下の命により、貴様らを拘束する! 者共、かかれッ!」
「おやおや、しびれを切らしたか。野郎ども、準備はいいか!」
「「おう!!」」
魯の部隊は雄叫びを上げ、盾を打ち鳴らして再び強固な壁を築く。
激しい金属音と共に両軍が衝突した。一進一退の攻防が繰り広げられる中、水軍の楼船は、港に接岸している船以外、わずかずつ沖へと移動を始めていた。目の前の乱戦に血が上っている将軍は、その離脱に気づかない。
十分後、魯は手早く部隊を撤収させ始めた。将軍が「逃がすな!」と再突撃を命じるも、退却してくる自軍の兵が邪魔になり、軍勢が入り乱れて身動きが取れない。その隙に魯の部隊は鮮やかに乗船を完了し、楼船は悠々と岸を離れていった。
「陸の者など、ちょろいものですな」
豪快に笑う魯に、示現が焦燥を滲ませる。
「しかし、これでは赤殿たちを置いていくことに……!」
「ご案じなく。船を少し離しただけのこと。……おや、あれをご覧なさい」
脩璃が指さす先、一隻の商船が波を蹴って近づいてくる。帆柱の先には、誇らしげにたなびく鵬国の紋章旗が掲げられていた。
◇
遡ること一時間前。赤と合流した「破玉」の緑、青、藍、紫らは、町人に紛れて港へ潜入していた。赤の鋭い指示により、彼らは瞬く間に停泊中の快速商船を奪取。混乱する反乱軍の横を、青が操る商船はスイスイと追い抜き、沖合の楼船へと接岸したのである。
「間に合いましたな、主殿」
甲板に飛び乗った赤の不敵な笑みを確認し、脩璃は深く頷いた。
「みんな、よくやってくれた。――全速力で出航だ。故郷へ帰るぞ!」
◇
脩璃たちが海路を急ぐ頃、大陸では巨大な軍勢が動き出していた。
瑯国王・瑯喜逸。脩璃の父・秀邦の無二の親友であり、豪胆な指揮で知られる彼が、一万五千の精鋭を率いて国境を越えた。
「秀邦殿の恩義を忘れるな。今度は我らが鵬を助ける番だ!」
時を同じくして、麟国からも秀史が率いる一万の本隊が出陣。瑯・麟連合軍、計二万五千が、北狄の脅威に晒される鵬国を目指し、街道を突き進む。
◇
一方、鍾国の王宮・長楽宮の奥深く。
丞相・魏封は、崑国での謀略が順調であるとの報告を受け、冷淡に口角を上げた。報告の官吏が去ると、柱の陰から、左腕のない黒ずくめの男が音もなく姿を現した。
「……聞いたか。いよいよ麟に放った毒矢が届く頃だ」
魏封は肩肘をつき、細めた目で闇を見つめる。
「我が悲願の成就に、あ奴が生きていては邪魔よな。……昌延皇子。今では秀邦の小倅と行動を共にしているというではないか」
「……承知いたしました」
黒ずくめの男が陽炎のように消える。一人残された魏封の低い笑い声が、静まり返った部屋に不気味に響いた。
次回の更新は4月22日(予定)です。




