牡丹妃の詩
お待たせしました。
港では、反乱軍の屍が幾重にも積み重なり、小さな丘を築いていた。魯都督の部隊は、凄惨な光景の中でも乱れ一つ見せず、静謐な殺気を放って防御陣形を維持している。
戦いは、赤が去った直後に激化した。突撃してくる反乱軍の尖兵を、魯の部隊は正面から受け止めた。衝突の瞬間、第一列の盾の壁に意図的な「隙間」が生まれる。好機と見た敵兵がそこへなだれ込むが、それは死への誘いだった。
二列目の壁に阻まれ、勢いを失った敵を逃さず、一列目が再び隙間を閉ざす。完全な袋の鼠となった敵兵を、三列目の槍兵が盾の隙間から冷徹に突き伏せていった。
一団を殲滅すると、疲労を見せぬうちに一・二列目が後退し、新鮮な四・五列目が最前線に躍り出る。この一糸乱れぬ「循環」を目の当たりにした脩璃が感嘆の声を漏らすと、魯が不敵に笑った。
「これはまだ序の口。これより我が軍の本領をお見せしましょう」
魯の号令一下、部隊が攻勢に転じた。盾を押し立てた「鋼鉄の壁」が前進を開始する。一歩ごとに盾を大地に叩きつけ、「ドン、ドン」という重低音が港に響き渡る。その異様な威圧感に、反乱軍の兵士らは恐れをなし、思わず後ずさった。
敵が崩れかけた瞬間、魯部隊の中央が大きく後退し、代わって両翼が包囲するように突き出した。
「鶴翼の陣……!」
華鳳が呟く。懐に誘い込まれ、三方から包囲された反乱軍は、逃げ場を求めて互いに押し合い、密集して身動きが取れなくなった。もはやそれは戦いではなく、一方的な「刈り取り」であった。
「……まるで、淡々と作業をこなしているようだ」
阮が戦慄を込めて呟くと、華鳳が教え諭す。
「これが戦術だ。名将が鍛え上げた兵の動きだよ」
魯の笑い声を聞きながら、阮の心にはある種の憧憬が芽生えていた。奴婢の自分には許されぬ夢だと知りながら、彼はその戦い様を瞳に焼き付けた。
一時間に満たない時間で、港の反乱軍は霧散した。戦闘停止の銅鑼が鳴り、魯が脩璃に向き直る。
「お見事でした、魯都督」
「……この混乱の時期でなければ、どれほど誉れであったか。鵬王様、お待たせしました」
魯が悲痛な面持ちで一礼すると、脩璃は静かに示現を促した。
「さて、蓮殿。そろそろ、隠された真実を話していただけますか」
示現は重い口を開いた。
「……はい。私の名は蓮示現。亡き賢志王の異母弟にございます」
衝撃の告白に、斉賢と長顕が絶句する。示現は、先々代の王が卑しい身分の侍女に手を付けて生まれた子だった。後宮から追放された親子を密かに支え続けたのが、若き日の賢志であった。恩義を感じた示現は、兄を父のように慕って育ったという。
「賢志様と牡丹妃の出会いは、世に流布する噂のようなものではございませんでした。お二人は若き日から、崑国の未来を語り合う同志だったのです」
示現は、牡丹妃が賢志へ贈った一首の詩を詠み上げた。
『春色は人を悩まして眠りえず、月は花影を移して欄干に上らしむ……』
(春の気配に胸が騒ぎ、眠ることができません。月が牡丹の影を欄干に伸ばすように、私の想いもあなたへ届けばよいのに)
その清らかな恋心から生まれたのが斉賢であった。しかし、その幸せを憎悪が切り裂く。
「皇后の刺客に殺された、というのは世を欺く方便。……妃は、自ら毒を仰がれたのです」
「……何だと……!?」
斉賢が声を絞り出す。
「妃は、ご自身が生きている限り、皇后と鍾国が賢志様を追い詰め続けると悟られた。賢志様と斉賢様の命を救うため、自らの命を身代わりとして捧げられたのです……」
想像を絶する母の愛と、父の苦悩。斉賢が絶句する中、示現はさらに深く、崑国の闇について語り始めた。
作中の牡丹妃の漢詩ですが、宋代の政治家 王安石の『夜直』という漢詩が出典です。
もとより『夜直』は作中にあったような艶っぽい内容ではありません。物語上都合のいい様に訳を入れさせてもらいました。
史実のものとは違うことをこの場で言い訳しておきます。ご了承ください。
次回の更新は4月8日(予定)です。




