白璧紅龍
お待たせしました。
目を細めてこちらを射抜く脩璃の視線に、示現は言葉を濁した。
「なぜ、そのようなことをお聞きに……」
「疑義が生じたのですよ。私の影である『赤』よりも先に、なぜあなたが謀反を察知できたのか、という点です」
示現は無言を貫き、立ちすくむ。その異様な空気に、斉賢が割り込んだ。
「示現、お前……一体何を隠しているんだ?」
いよいよ隠し通せぬと悟ったのか、示現は深く肩を落とした。
「……もはや、隠し立ては無用ですね。鵬王様のご推察通り、出国への手筈は整えてあります。ですが、今すべてをお話しすることは叶いません。斉賢様、どうか私を信じてはいただけませんか」
普段の隙だらけの姿は消え、そこには一分の隙もない武人の顔があった。
「当たり前だろ。俺はこれまで通り、お前を信じているさ」
斉賢の迷いのない言葉に、示現は一瞬だけ柔和に微笑むと、即座に脱出計画を告げた。
計画は、黄鶴老舗の荷車に隠し箱を乗せ、商品を運ぶふりをして港を突破するというもの。陽明が港の封鎖を危惧すると、示現は懐から一つの玉璧を取り出した。白玉に紅の龍が浮かび上がる、息を呑むほどの名品である。
「示現殿、これは……!」
長顕が驚愕の声を上げた。
「叔父上、これが何なのですか?」
「ただの玉璧ではない。これは『水師之璧』。すなわち、水軍を統括する指揮官のみが持つことを許される証……!」
どよめく一同に、示現はただ深く頭を下げた。
「今はまだ、何も申せません。ですが、命に代えても皆様を送り届けてみせます」
◇
脱出の準備が進む中、脩璃は阮と共にいた幼い二人の奴婢を、長顕の店に長年勤める信頼厚い夫婦に託した。子供のいなかった夫婦は、二人を実子として育てると約束し、脩璃から託された瑠璃の首飾りを胸に、静かに店を去っていった。
黄鶴老舗の前には数台の荷車が並び、車夫に変装した「破玉」の赤と青、商人に扮した示現と黄花が先頭に立つ。
昆命の街には、至る所に賢帥の息がかかった検問所が設置されていた。しかし、斉賢の持つ帆璧を見せると、兵たちは中身を改めることもなく道を開けた。
(無駄な反感を避けたい汗明らの思惑か……)
示現はそう安易に考えていた。一行は順調に、港の最終検問所へと辿り着く。
だが、そこにはこれまでとは異なり、百名を超える兵が待ち構えていた。
「通行の許可を願いたい。商いのため、この荷を船へ運びたいのだ」
示現が帆璧を差し出すが、兵士の態度は冷ややかだった。
「竜頭帆璧か。だが、現在は港の封鎖命令が出ている。ここを通すわけにはいかんな」
押し問答の末、示現は「水師之璧」を突きつける覚悟をしたが、その前に奥から一人の将軍が、五十名の騎兵を引き連れて現れた。
「……そなたらか。鍾国へ荷を運びたいという商人は」
将軍は馬上から不敵な笑みを浮かべた。
「黄鶴老舗の連中だろう?」
「いえ、私共はそのような店とは無関係です。これは崑国からの極秘の依頼……。証拠にこれをお預かりしております」
示現が「水師之璧」を掲げると、将軍の目が一瞬見開かれた。
「ほお、水師之璧か。……よし、間違いない。こいつらを捕縛せよ! かかれ!」
「なっ……!?」
将軍の怒号とともに、百五十名の兵がドッと荷車を包囲した。
汗明は、最初から斉賢らが海路を目指すことなど想定済みだったのだ。あえて街中の検問を緩め、獲物を逃げ場のない港へと誘い出す――すべては「毒蛇」の描いた罠であった。
「逃亡することなど、百も承知だ。者共、一人も逃すな!」
じりじりと距離を詰める兵士たち。示現は荷車を背に剣を抜き、鋭い眼光で敵を睨み据えた。
次回の更新は3月18日(予定)です。




