騒乱の始まり
お待たせしました。
それからしばらくして。意識を取り戻したオユンは、顔を真っ赤にしたまま俯き、お茶をチビチビと啜っていた。目覚めるなり、空気を読まない華鳳が腹を抱えて笑いながら、彼女の失態を事細かに再現して聞かせたからである。
傍らの阮が肘で突いて止めようとしたが、悪ノリした華鳳が止まるはずもない。あの勇猛なオユンが、脩璃たちが驚くほど殊勝に大人しくなってしまっていた。
ようやく気持ちの整理がついたのか、オユンは咳払いを一つして脩璃に向き直った。
「……ゴホン。にしてもだ。お主、なかなかの食わせ者じゃな。ただ者ではないとは思っていたが、よもや王であったとは」
その言葉に、状況が飲み込めていない者が一人――阮である。困り顔の陽明や慧軻を見て、阮は恐る恐る挙手をした。
「あの、俺にはさっぱり……一体何があったんですか?」
全員が盛大なため息を吐く中、華鳳が肩をすくめて告げた。
「阮、今まで黙ってて悪かったな。実は坊は鵬国王だ。本名は麟脩璃。元麟国の第五皇子であらせられる」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはまさにこのことか。阮は一瞬フリーズした後、全身を震わせて狼狽え始めた。
「ごっ、ご無礼いたしましたぁぁぁぁぁぁ!!」
目にも留まらぬ速さの土下座。阮は涙目で慧軻を見上げた。
「俺、王様を『坊ちゃん』なんて呼んで……死罪ですか? やっぱり打ち首ですか!?」
「ハッハッハ! 阮さんよ、俺なんて元・賊だぜ? そんなことで首を飛ばすお方なら、俺たちの首は今頃いくつあっても足りねえよ!」
慧軻の豪快な笑いに、場の緊張がわずかに緩んだ。
しかし、オユンの表情は真剣だった。彼女は静かに立ち上がり、脩璃を見据えた。
「鵬国王殿。我が父が戦を仕掛けた今、我をいかに扱うつもりか。殺して北狄への見せしめにするか?」
「王様! それだけは……!」
再び縋り付こうとする阮を華鳳が制す。脩璃はしばしの沈黙の後、真っ直ぐに彼女の眼を見つめた。
「正直に言います。侵攻してきた北狄には怒りしかありません。ですが、この戦はオユンさんの意志ではない。あなた個人に責任を問うつもりはありません」
「……ならば、生かしておくと?」
「はい。ですが、単于の娘という立場には、責任を取っていただきます。……我らと北狄との『和議の調停役』になっていただきたいのです」
「なっ……! 攻めてきた敵と手を結ぶというのか!?」
驚愕するオユンに、脩璃は凛とした威厳を纏って語りかけた。
「戦を続ければ、阮のような苦しむ民が増え、怨嗟が積み重なるだけです。民の苦しみを止めることこそが、王としての務め。あなたがここにいるのは、天が両国に授けた和解への天啓だと信じたいのです」
その言葉に含まれた侵しがたい威厳と慈悲。オユンは圧倒され、しばし呆然とした後――唐突に、腹の底から笑い出した。
「ハハハ! 参ったな……。潔く自決するつもりで戻ってきたが、よもや和平の使者に指名されるとは」
オユンは清々しい表情で脩璃を見つめ、不敵に笑った。
「北狄は強い者こそ正義。まずは戦で父上を負かさねば和議など夢物語だが……鵬国王、お主にそれができるか?」
「努力しましょう」
脩璃の少しとぼけた返答に、オユンはフッと口角を上げた。
その夜。一行は深夜まで、北狄との和平に向けた具体的な策を練り上げた。
翌朝。雄鶏が夜明けを告げた頃、屋敷内を走る騒がしい足音で脩璃は目を覚ました。勢いよく扉が開くと、そこには青ざめた示現の姿があった。
「脩璃様、一大事です! 今すぐ鵬へ帰還する準備を! この機を逃せば、もはやお命の保証はできませぬ!」
それは、崑国全土を揺るがす騒乱の、最初の一撃であった。
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次回の更新は3月4日(予定)です。




