ダーク奉師再び!
お待たせしました。
柏陽長城へと続く街道に、鉄の波が押し寄せていた。たなびく軍旗は連綿と続き、街道をゆくその威容は、見る者に畏怖と、そして底知れぬ安心感を与えた。
他国の大軍が鵬国を通過する際、本来であれば都・銀盤宮に立ち寄り、王に謁見するのが礼儀である。だが、この軍団を率いる大将は、火急の事態に鑑みて形式的な体裁を一切唾棄し、柏陽長城へと直行していた。
その判断は「傍若無人」とも言えたが、後世の史家たちがこれを不問としたのは、彼が麟国第二皇子にして、鵬王・脩璃の兄である麟脩晟その人だったからである。
脩晟率いる精鋭「五郎中郎軍」は、通常二ヶ月を要する道程を一ヶ月余りで駆け抜けた。日頃の苛烈な練兵が、この驚異的な進軍速度を可能にしたのである。
やがて斥候から「前方に鵬軍の野営地あり」との報が届いた。脩晟は軍を向け、そこで指揮を執る北鎮将軍・楊梧桐と対面した。
「麟国五郎中郎軍大将、麟脩晟である。皇帝陛下の命により、援軍の先駆けとして馳せ参じた」
「おお、王様の兄君であらせられるか! 感謝いたします、私は楊梧桐と申す」
互いに名乗りを上げた後、脩晟は周囲を見回して眉をひそめた。兵士たちが温かい食事を囲み、医師たちが手厚く傷を癒やしている。軍の野営地とは思えぬ充足ぶりだった。
「……梧桐殿。この野営地、少々世俗の街よりも居心地が良すぎるのではないか?」
「ふふ、驚かれるのも無理はありません。軍師・玄奉師と相国・李志が整え、王様が直々に裁可された体制です。あの若き王は、存外しっかりと国を治めておられますぞ」
「ほう……あの脩璃がな」
脩晟は口元を綻ばせた。弟の成長を喜ぶ兄の顔がそこにはあった。
収容人数の都合から、中郎軍の本隊を野営地に残し、脩晟は梧桐と共に柏陽長城へ入城した。そこで待っていたのは、大司馬・紫苑と軍師・奉師である。
軍議の席上、奉師は冷静に現状を分析し、新たな防衛計画を提示した。
「敵は十万。対する我が方は五万。地理的条件から、敵が一度に投入できる兵力は二万に過ぎません。そこで、全軍を三交代制に分割します。二週間守備に就き、一ヶ月休息と治療に充てる。これを繰り返せば、柏陽長城は不落の要塞と化しましょう」
消耗戦を逆手に取った奉師の案に、紫苑も深く頷く。だが、奉師の話はそれだけでは終わらなかった。
「……さらに、脩璃様から授かった『知恵』を、今回の戦で試してみようと思います」
奉師が取り出したのは、紙を貼り合わせた球状の代物だった。下の芯に火を灯すと、熱気によってそれはふわりと室内を浮遊した。
「おおっ……! 空を飛ぶのか?」
脩晟が目を丸くして見上げる中、奉師はさらに、黒い粉の入った小さな紙風船を取り出した。それを松明の火に投げ込む。
――ドォォンッ!
激しい爆発音と共に、巨大な火炎が巻き上がった。
「なっ、何だこれは!?」
「『粉塵爆発』という現象だそうです。かつて脩璃様が連弩を考案された際、『こういう現象もある』と教えてくださいました。中身は細かく砕いた石炭の粉です」
奉師の瞳に、かつての「ダーク奉師」を彷彿とさせる邪悪な輝きが宿る。
「ヒッヒッヒ……まずは敵を驚かせ、混乱を誘います。ですが、真の恐怖はここからです。この爆発を『気球』によって敵陣の真上から降らせたら……北狄の連中、どんな顔をするでしょうねぇ……?」
背後に黒いオーラを背負い、ネチネチと恐ろしい計略を語り始める奉師。そのあまりの豹変ぶりに、勇猛果敢な脩晟ですら、引きつった顔で後ずさりするしかなかった。
次回の更新は2月11日(予定)です。




