援軍の到着
お待たせしました。
深夜、城壁に立つ梧桐は、眼下を埋め尽くす北狄兵の松明を眺めていた。夜闇にうごめく数多の光は、それ自体が幻想的で、どこか雄大ですらある。
だが、今の鵬軍にそれを堪能する余裕はなかった。連日の苛烈な攻防で兵の疲労は極限に達し、豊富にあった軍需物資も底をつきかけていた。
「梧桐殿……もって、あと三日です」
傍らに立った将軍が、声を絞り出す。梧桐は相手の顔を見ずとも、その表情に宿る絶望を察した。
「ご苦労。……あと三日は耐えられる、ということだな!」
梧桐はあえて笑顔を見せた。それは柏陽長城の司令官としての矜持が生んだ、精一杯の「やせ我慢」であった。
「見てみろ、あの松明を。最期にこれほど雄大な風景を拝めるとはな。ハッハッハ!」
高笑いする梧桐の背中で、将軍は静かに肩を揺らし、嗚咽を漏らした。
「泣くな。まだ落城したわけではない。必ずや王様や大司馬様が援軍を送ってくださる。我らはそれまで耐え抜くのみだ」
梧桐は震える手で、優しく部下の肩を叩いた。
それから、地獄のような三日間が過ぎた。
約束の三日目が終わる頃、兵たちはもはや、傷ついた体を槍で支えて立っているのがやっとの状態であった。梧桐は溢れそうになる涙を堪え、兵たちに最期の言葉を贈ろうとした。
「諸君、よくぞ耐えてくれた。誇り高き諸君と共に戦えたこと、私は……」
その時、北の地平線に巨大な砂嵐が立ち昇った。
(敵の増援か……!)
目を凝らした梧桐の背筋が凍りつく。それは馬蹄が巻き上げる絶望の砂塵。
「報告! 敵の援軍、その数およそ十万!」
副官の悲鳴が城壁に響く。梧桐は瞳を閉じ、死を覚悟した。
だが、その直後。今度は南門の方から、地鳴りのような歓声が沸き上がった。
「援軍です! 南から我が軍の援軍が到着しました!!」
別の副官が、満面の笑みで城壁を駆け上がってくる。奈落の底に一本の縄が垂らされたような心境で、梧桐は半ば混乱しながらも南門へと走った。
開け放たれた門の向こう、「大司馬」の軍旗が風に翻り、紫苑と奉師が率いる一万六千の精鋭がなだれ込んでくる。
「すまんな梧桐。長く待たせてしまった」
馬上から深く頭を下げる紫苑の姿に、梧桐は声を詰まらせ、ただ無言で抱拳礼を返した。
しかし、感傷に浸る時間はなかった。紫苑は十万という敵軍の数を聞くや、下馬して城壁へと駆け上がり、北方を見据えて奥歯を噛みしめた。その横で、軍師となった奉師が冷徹に戦況を読み解く。
「梧桐将軍、兵を引きなさい。これより十キロ南の野営地で休息を。ここからは我らが代わります」
「ですが、私はまだ戦えます!」
「いいえ、不可能です」
奉師は静かに梧桐を制した。
「敵は十万。我らは三万。正面から戦えば一呑みです。今は麟国からの援軍を待つための時間稼ぎが必要。兵法に曰く『上兵は謀を伐つ』。まずは敵の心を打ち砕く策を講じます」
◇
交代を命じられた一万の籠城兵たちは、憔悴した足取りで南の野営地へと辿り着いた。そこには驚くべき光景が待っていた。整然と並ぶテント、無数の焚火、そして手厚い看護にあたる医師たちの姿。
「楊梧桐将軍ですね!」
一人のふくよかな青年が駆け寄ってきた。
「宮廷料理人の釈万福と申します! 王妃明玉様のご命令で、皆様の食事を用意いたしました!」
万福が合図を送ると、五百人の炊き出し部隊が一斉に動き出した。差し出された温かい食事の旨さに、兵士たちは一心不乱にかじりつく。
軍の野営とは思えぬ充実ぶりに、梧桐は呆気にとられた。
「これは……大司馬様の手配か?」
「いいえ。軍師の奉師様と相国の李志様が計画し、王様が直々に裁可されたものです。王様は『命を懸けて守ってくれた者たちに、最高の休息を』と仰せだったとか」
万福はそう言い残すと、忙しそうに厨房へ戻っていった。
「……こんな軍、見たことがない」
副官の呟きに、梧桐は深く頷いた。
「ああ。一体、我らの王はどれほど底知れぬお方なのだ……」
兵士たちの瞳に、再び「守るべき国」への誇りと力が宿り始めていた。
次回の更新は2月4日(予定)です。




