胸襟を開く、その先で
お待たせしました。
「お待ちください、鵬王様!!!」
示現は部屋に飛び込むなり、脩璃と斉賢の間に割って入り、両手を広げて主を守る盾となった。
「示現殿、邪魔だ。私はそこの第二皇子に用がある。退け」
脩璃が放つ、これまでに見せたことのない峻烈な気迫。だが示現は一歩も引かず、食い下がった。
「まずは私の話をお聞きください!」
しばし、視線が火花を散らす。やがて脩璃はふっと怒気を収め、肩の力を抜いた。
「……ならば、話していただきましょうか」
示現は語り始めた。斉賢がいかに孤独な境遇にあり、皇太子・賢帥からの理不尽な圧力を受けてきたか。
「『赤心を推して人の腹中に置く』と申します。真心を持って接せねば、鵬王様の誤解は解けぬはず」
斉賢が制止するのも聞かず、示現はすべてをさらけ出した。うつむく斉賢の横顔には、これまでの華やかな貴公子の面影はなく、ただ悲痛な影が落ちている。
だが、脩璃は驚かなかった。彼は昆命に到着したその日から、「破玉」を使って崑国の内情を徹底的に調べ上げていたのだ。
「話は理解しました。……で、斉賢殿の境遇と、私を足止めすることに何の関係が?」
「足止めは国王の意向であり、皇太子からの厳命でした。もし果たせねば、斉賢様はもとより、長顕殿の命まで危うくなると……」
脩璃は腕を組み、思案した。
「……鍾国の使者、汗明とか言いましたか。あの男の周辺で心当たりは?」
思わぬ名が出たことに、斉賢と示現は目を丸くした。脩璃は不敵に微笑む。
「ならば、ここからは協議といきましょう。陽明と華鳳を呼びなさい。長顕殿もだ。……今夜、崑国の闇を暴くことにしましょう」
◇
一方、鵬国の北。紫苑と奉師率いる増援部隊は、柏陽長城まであと三日の距離に迫っていた。兵力は途上で合流した各所の守備隊を合わせ、一万六千にまで膨れ上がっている。
対する柏陽長城では、梧桐が絶体絶命の防衛戦を続けていた。籠城戦が始まって一ヶ月。北狄軍は昼夜を問わず波状攻撃を仕掛け、時には攻撃するフリを見せては鵬軍の睡眠を奪うなど、硬軟織り交ぜた揺さぶりをかけていた。
本陣のゲルの中で、テゥルクは荒れていた。
「まだ落ちぬのか! 鵬軍などすぐに蹴散らせると言ったのは貴様らか!」
当初、テゥルクは鵬軍を侮っていた。初戦。四千の北狄兵が長く丈夫なはしごを抱え、城壁へと殺到した。鵬軍の抵抗が薄いことに味を占め、兵たちが一気にはしごを登り始めた、その時である。
「放てッ!!」
梧桐の号令一閃。城壁のいたる所から、豪雨のごとき連弩の矢が降り注いだ。無防備な背中や頭上を射抜かれた北狄兵は、文字通りハリネズミのように変わり果て、次々と落下していった。
二日後。北狄軍は「矢を浪費させる」策に出たが、梧桐はこれをも喝破する。あえて石つぶてを投げさせて「矢が尽きた」と装い、油断して近づいた敵を再び矢の雨で殲滅したのだ。
手を変え品を変え攻め立てるが、その度に被害は拡大していく。テゥルクは自尊心を守るため、父である単于への報告には、戦果を盛り、被害を少なく偽っていた。
「テゥルク様。敵の疲労は限界のはず。あとしばらくのご猶予を……」
「黙れ! 父上が到着する前に落とせ。あとしばらくだ!」
テゥルクの焦りは、さらに戦場を苛烈なものにしていく。
◇
柏陽長城の北西百キロ。大地を揺るがし進軍する北狄の本隊。単于はテゥルクからの勇ましい報告に、わずかな懸念を抱いていた。
(テゥルクの奴め……血気に逸りすぎてはおらぬか。ここらで一度、大きな戦を経験させるつもりであったが、まだ早かったかもしれぬな……)
単于は冷徹な眼光を南へと向け、行軍の速度をさらに上げた。十五万という黒い波涛が、間もなく要塞へと激突しようとしていた。
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