朱紙の急報
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脩璃が阮に剣を教え始めて一週間。当初は構えすらおぼつかなかった阮だが、その高い身体能力と、脩璃の教えを砂が水を吸うように吸収する理解力、そして不眠不休の努力によって、目を見張るほどの成長を遂げた。
基本だけを教えるつもりが、そのあまりの筋の良さに、脩璃は「弟子を育てる面白さ」に目覚めていた。指導は基本の型に留まらず、多種の武器の扱いや兵法にまで及び始めていたのである。
その頃、破玉の赤は臨光を発ち、漁師に扮して小舟で崑国へと入国していた。国境の要塞「堅城」の船着き場は物々しい警備に包まれていたが、赤にとっては、むしろ好都合であった。
夜陰に乗じ、赤は警備兵の屯所へ忍び寄る。かがり火が爆ぜる音に紛れ、眠気にうつらうつらとしていた兵士の後頭部に一撃を加え、その意識を刈り取った。瞬く間に鎧を剥ぎ取り、兵士に成り済ました赤は、あえて声を張り上げた。
「おい、誰か来てくれ! 侵入者だ!」
騒然となる周囲。駆けつけた責任者に対し、赤は気絶させた兵士を指し示し、まんまと馬を借り受けて堅城内へと「応援要請」の伝令を装って侵入したのである。
堅城の役所が「偽の侵入者」の対応で大混乱に陥る隙に、赤は影となって姿をくらませた。それから三日。農民に扮した赤は、鼻を突く糞尿の樽を載せた荷車を引き、崑国の都「昆命」の検問に立っていた。
「おい、なんだその臭いは!」
「へい。ご贔屓さんに頼まれて、肥を貰いに行くところでして」
兵士たちが鼻をつまんで道を開ける。どの国でも、都市の不衛生を解消する糞尿回収の農民は無検査で通るのが慣例だ。水際対策に躍起になる崑国軍の盲点を突き、赤は悠然と入城を果たしたのである。
大通りで待ち構えていた青と合流した赤の表情は、いつになく険しかった。
◇
その夜。脩璃の部屋に陽明、華鳳、そして赤が集まった。
赤から差し出された朱色の書状。脩璃は無言で封を切り、明玉の綴った文字を追う。その眼球が止まり、しばらくの沈黙が流れた。
「……北狄が、攻めてきた」
絞り出すような声に、室内の温度が凍りついた。
「じぃじ(紫苑)が全軍を指揮し、奉師が軍師として出陣した。相国には李志を据えたとある……」
「北狄の兵力は?」
陽明の問いに、赤が沈痛な面持ちで答える。
「正確な数は不明ながら、数万の規模。現在は柏陽長城で防衛戦が続いています」
華鳳が立ち上がった。「坊、のんびりしてられねえな。明日にはここを発つ準備をさせるぜ」
「華鳳、頼んだ」
脩璃は静かに、だが鋼のような意志を込めて頷いた。しかし赤が懸念を口にする。崑国からの関所はすべて封鎖されており、通常の帰国は不可能だというのだ。
「偶然とは思えませんな。脩璃様を鵬国から遠ざけるための策謀なら、斉賢殿も一味のはず」
陽明の言葉に、脩璃は鋭い眼光を宿した。
「殺すつもりなら機会はいくらでもあったはずだ。……斉賢が何を隠しているのか、直接聞いてこようじゃないか」
怒りよりも、冷徹な王としての覇気を纏った脩璃は、赤を連れて斉賢の住まう別宅へと向かった。
◇
「おや修君、こんな夜更けに……後ろの方は?」
いつものように微笑む斉賢に対し、脩璃は一歩踏み込み、その名を呼んだ。
「夜分に失礼する。……『鵬王・麟脩璃』として、斉賢殿に問いたいことがある」
あまりの気迫に、斉賢が茶器を置く。
「私を崑国へ誘い出した真の目的は何だ。交易の影で、どのような策謀に加担していた?」
「……何を仰っているのか分かりかねますが」
「白を切るな! 鵬国は今、北狄の侵略を受けている!」
叩きつけられた明玉の書状。斉賢はその内容に目を通し、顔色を変えた。
「こ、これは……。……お待ちください鵬王様。確かに私はあなたをこちらへ向けさせましたが、北狄の侵攻など、露ほども……!」
「嘘か真か、その体で教えてもらおう。赤、やれ!」
赤が斉賢の喉元に手をかけようとした、その刹那。
「お待ちください、鵬王様!!」
荒々しく扉が開き、そこには息を切らした示現の姿があった。
次回の更新は1月21日(予定)です。




