鵬国の藩屏(はんぺい)
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遊牧民の葬送は「鳥葬」、あるいは「天葬」と呼ばれる。命を奪って生きてきた人間は、死してなお、自らの肉体を他の生き物の糧として施すべきであるという信仰だ。
夕闇が迫る広大な草原。テゥルクは、鵬軍によって討たれた同胞の遺体を整然と並べさせ、その魂を天へと送り出していた。地平線の彼方に沈む太陽が、死した戦士たちの命の灯火と重なる。夕日に赤く染まったテゥルクの頬を一筋の涙が伝い、その瞳には鵬国への昏い怨念が宿っていった。
◇
遭遇戦に勝利した鵬軍の騎兵隊は、柏陽長城へと帰還した。その中には、死線を共にした朔北砦の兵たちの姿もある。
「……無事でよかった」
あの隊長と兵卒が固く抱き合い、互いの生存を確かめ合う。その光景に、城内にいたすべての兵士が胸を熱くした。
梧桐の執務室では、出撃した将軍が興奮を抑えきれぬ様子で報告を終えていた。
「戦果は敵千騎の壊滅。対して我が方の損害は軽微です。……梧桐殿、王様が考案された『連弩』と『釣り野伏せ』は、不気味なほどの威力でした」
「ほう……」
「不敬を承知で申し上げれば、我ら将校の間では、北狄兵よりもこれらを考案された王様の方がよほど恐ろしいと、肝を冷やしている次第です」
将軍の苦笑混じりの言葉に、居合わせた者たちが一斉にドッと笑い声を上げた。張り詰めていた空気が一瞬だけ緩む。だが、梧桐は静かに目を閉じ、軍議を締めくくった。
「これで北狄の怒りは頂点に達した。敵の攻撃は苛烈を極めるだろうが、ここを一歩も引いてはならぬ。諸君、準備を徹底せよ!」
三日後。同胞の葬送を終えたテゥルク率いる一万八千の兵が、地響きを立てて柏陽長城へと迫った。その後方には、単于率いる三万の本軍も控えている。
◇
柏陽長城の城壁の上。物見の兵が絶句した。
漏斗状の谷間を埋め尽くし、砂塵を巻き上げて迫りくる黒い軍勢。その数は、長年ここを守ってきた梧桐でさえ、目にしたことのない規模であった。
城内各所の鐘がけたたましく鳴り響く。梧桐は兜を締め、城壁へと駆け上がった。押し寄せる圧迫感に、兵たちの身体が強張るのがわかる。梧桐は自らの動揺を振り払うように、全軍へ向けて檄を飛ばした。
「諸君! これより先に、一歩たりとも北狄を入れてはならぬ。思い起こせ! 諸君の故郷を、愛する家族を! そして、奴らに奪われた全ての魂を!」
兵たちの瞳に、憎悪と闘志の火が灯る。彼らの多くは北狄に全てを奪われた者たちだ。
「我らがここで退けば、再びあの暴力が民を襲う。今こそ、民の藩屏とならん! 鵬国の興廃はこの一戦にあり。各員一層、奮励努力せよ!!」
「「おおおおお――――っ!!」」
身分を超えた地鳴りのような咆哮が、要塞の空を震わせた。
◇
同じ頃、崑国の穏やかな午後。
斉賢の部屋で、脩璃はのんびりとお茶を楽しんでいた。数日の滞在で、すっかり警戒心が解けていたのである。
「ねえ、脩璃君。どこで『瑠璃』の製法を知ったんだい?」
「ええっ? それは……昔、どこかの本で読みまして……」
とぼける脩璃に、斉賢は楽しげに微笑んだ。
「やっぱりね」
「……いつから気づいていました?」
「鵬国の花香館で会った時からかな」
あまりに早い見破りに、脩璃は顔を赤くして抗議した。
「存外、意地悪ですね! 分かっていて僕の嘘に付き合っていたんですか」
「ははは。王様が可愛らしい変装をしていたものだから、つい。……で、君こそ、僕が何者か気づいているんだろう?」
脩璃は居住まいを正した。
「主(長顕)ではないと思っていましたが……何者なんです?」
「一応、この崑国の第二皇子、ということになっているよ」
脩璃はお茶を盛大に吹き出した。
「ゴホッ! ……斉賢殿、いえ、第二皇子殿下……」
「お・お・さ・ま? 今まで通りでいいよ。さて、交易の話だけど、二ヶ月ほど滞在してもらう必要があるんだ」
「二ヶ月!? さすがにそんなには……」
「急ぐことはないじゃないか。ねえ?」
斉賢のどこか底知れない微笑みに、脩璃は言い知れぬ不安と、奇妙な親しみを感じて立ち尽くすのだった。
次回の更新は12月21日(予定)です。




