遭遇戦とある戦術
お待たせしました。
帰還兵を迎えに出た鵬軍の将軍は、丘の上から平原を見渡し、思わず息を呑んだ。
「おいおい……ざっと二万か。とんでもない大軍だぞ」
だが、その先には帰還兵を収容し、こちらへ駆けてくる味方の姿があった。
「将軍! 敵の先鋒千騎が迫っています。このままでは追いつかれる!」
副官の叫びに、将軍は手綱を強く握り直した。
「……深追いはするなとの命令だが、背は貸せん。これより戦闘を開始する。各千騎、丘の背後に隠れよ。ここで王様が考案された『あの戦術』を実戦で試す!」
◇
丘の背後に二千の伏兵を配置し、将軍率いる本隊七百は、あえて姿を晒して丘を下った。
「お前たちはこのまま柏陽長城へ向かえ!」
駆けてくる収容部隊とすれ違いざまに指示を飛ばし、道を開ける。その中には、あの兵卒を抱え、安堵の表情を見せる隊長の姿もあった。
目標を北狄軍に定めた将軍は、剣を掲げた。
「騎射用意!」
その指示とともに、鵬軍の騎兵が手にしたのは、脩璃が設計した新兵器――『連弩』であった。
通常の弓を遥かに凌ぐ射程と貫通力を持ち、内部に矢筒を内蔵することで連続射撃を可能にしたこの弩は、騎兵にとって究極の飛び道具である。
「左右展開、射撃始め!」
鵬軍は円を描くように左右に分かれ、敵軍の側面を掠めるように走りながら、連弩を連射した。北狄の千人隊長は愕然とした。弓を持っていないはずの敵から、見たこともない距離で矢の雨が降ってきたからである。
「クソッ、何だあの飛距離は! 構うな、一気に押し潰せ!」
蛮勇を奮って突撃を続ける北狄軍だったが、先頭の馬が次々と連弩に射抜かれ、落馬した人馬が後続を巻き込んで激しく転倒した。
◇
敵の速度が落ちたのを見計らい、将軍は次なる策へ移行した。
「突撃体勢に集合! 怯えたふりをして逃げるぞ!」
鵬軍は密集陣形を組むと、一転して敗残兵のように丘の方へと逃走を始めた。
「逃がすか! 鵬の弱虫どもめ、一気に仕留めてくれる!」
勢いに乗った北狄軍が丘の頂上を越え、緩やかな下りに入った瞬間――彼らの視界に、待ち構えていた鵬軍の「横陣」が飛び込んできた。
「……罠か!」
千人隊長が気づいた時には遅すぎた。加速した騎馬は止まれない。そこへ、至近距離から七百挺の連弩が一斉に、かつ絶え間なく矢を叩き込んだ。
さらに、混乱する北狄軍の両脇から、伏せていた二千の騎兵が楔を打ち込むように襲いかかった。
前方からは連弩の嵐、左右からは猛烈な突撃。側面を突かれた騎兵はあまりに脆い。北狄の誇る精鋭たちは、なす術もなく瓦解していった。
凄まじい殲滅戦を冷静に見つめる将軍に、副官が震える声で言った。
「……『釣り野伏せ』、恐ろしい威力ですな」
「ああ。間合いの難しい戦術だが、嵌まればこれほどとは。……副官よ、最も敵に回してはいけないのは、あの少年王かもしれんな」
「同感です。我々は歴史上の英雄の誕生を目撃しているのかもしれません」
◇
数刻後、テゥルクが丘の頂上に達したとき、目の前に広がっていたのは、物言わぬ骸の山であった。
「なんだ……これは……っ!」
「テゥルク様、追撃させた千騎が……全滅しております!」
草原を赤く染める自軍の惨状に、テゥルクは鞍を拳で叩きつけ、血走った眼で地平線の彼方を見据えた。
「おのれ、鵬の王め……生かしてはおかん……!」
初戦での手痛い敗北。それは、北狄軍にとって未曾有の屈辱の始まりであった。
次回の更新は12月18日(予定)です。




