奇人の兄弟
ご覧いただいてありがとうございます。当初の申告より更新のペースが速いですが、たまたまです。可能であれば随時更新いたします。
秀史と父・秀邦が密談を交わしている頃。
脩璃は自誠の案内で、四書房の迷宮を探索していた。
「それにしても、自誠の記憶力は凄まじいな。まるで歩くデータベースだ」
「鄭のじーちゃんの……いえ、図書令の手助けをしたくて五年間読み漁ったんです……いえ、漁りました。でも、大昔の記録までとなると、あと数年は必要だ……です」
不慣れな敬語に脳内リソースを割かれ、もどかしそうにする自誠に、脩璃は思わず吹き出した。
「いいよ自誠、僕と二人の時は普段通りで。でないと笑いすぎて商談が進まない」
「助かるよ! 堅苦しいのは肌に合わなくてな」
途端に崩れる自誠。だがその瞬間、梅花の鋭い視線が彼を射抜いた。
「……脩璃様が許しても、私が許しません。言葉を慎みなさい」
「ひぇっ……わ、わかったよ。脩璃……様」
結局、二人の間では「様」さえ付ければ対等に話すことで落ち着いた。
自誠の案内で歴史書『麟国通史』と地理書『六国山海志』を借り、運搬の手配を済ませて四書房を去ろうとした時のことだ。
ボサボサの髪、目の下には深いクマ。衣服は墨と油で汚れ、一見すると不審者だが、その立ち姿にどこか高貴さを漂わせる男が立ちはだかった。
「おぉ、脩璃か。こんなところで何をしている」
「脩奏兄さん! 兄さんこそ、また研究ですか?」
第三皇子、麟脩奏。十八歳。
自分の研究に没頭するあまり周囲を顧みない「宮中一の奇人」にして、稀代の技術屋として知られる人物だ。
「ある機械の試作品を作ったのだが、うまくいかん。文献を調べに来たのだが……まずどこに何があるか探さねばならん!」
「なら、自誠に聞いてみるといいですよ。彼はこの迷宮の検索エンジンですから」
脩璃が紹介すると、脩奏は食い入るように自誠が持つ図面を覗き込んだ。
「うむ。これは脱穀後に玄米ともみ殻を分ける機械だ!」
「それでしたら『天工開物』という奇書に似た記述がありますが……実用性は疑問です」
「それでも構わん! 案内してくれ、自誠とやら!」
「は、はい。承りました……でございます」
ついに我慢できず、脩璃は噴き出した。
「そ、それでは兄さん。僕はこれで。自誠、あとはよろしくな!」
足早に立ち去る脩璃の背中を、自誠は呪うような視線で睨み続けていた。
◇
自室に戻った脩璃は、届いた竹簡を読み耽っていた。
八百年の歴史、建国神話、各州の収支報告。商社マン時代に培った「情報収集能力」で、この世界のパワーバランスを頭の中にマッピングしていく。
数時間後、梅花が夕食を知らせに来た。
万福が腕を振るった新しい料理が並ぶ。醤油の香りが食欲をそそり、一口運ぶごとに疲れが溶けていく――その時だった。
バタン!!
扉が悲鳴を上げて開き、脩璃は驚きで箸の肉を落とした。梅花が瞬時に身構え、取り箸を武器のように構えて主人の前に立つ。
「脩璃! これを見てくれ!!」
現れたのは、息を切らし、肩を激しく上下させた脩奏だった。
「……脩奏兄上。心臓が止まるかと思いましたよ。あと、梅花の武器……箸を下ろして」
「すまん! だが、自誠が言っていた。お前ならこれが分かると!」
(……自誠め、面倒を押し付けやがったな。あとで査定に響かせてやる)
心の中で恨みつつも、兄の熱量に根負けした脩璃は、溜息と共に机の上を片付けさせた。
「いいでしょう。食事のデザート代わりに、その『機械』とやらを拝見しますよ。……もしこれが面白い投資先なら、一丁噛ませてもらいます」
本作中にあります『天工開物』は実在の書籍ですが、本作の書物とは一切関わり合いがございません。あくまでもフィクションです。




