昆命到着
お待たせしました。
街道を行く脩璃らの視線の先に、巨大な城壁に囲まれた昆命の街が姿を現した。城壁の背後には蒼茫たる大海が広がり、港には無数の巨船が林立している。
初めて見る「海」の雄大さに、一同から感嘆の声が上がった。とりわけオユンは、魂を揺さぶられるような感動に瞳を輝かせている。
そんな彼女を、切ない眼差しで見つめる男がいた。阮である。奴婢として虐げられてきた彼にとって、太陽のように笑うオユンは眩しすぎた。身分の差、そして自身の臆病さ。阮は胸に芽生えた恋心を、そっと心の奥底に封じ込めた。
「修よ、見ろ! あれが海というものか!」
「そうですよ、オユンさん。初めてでしたっけ?」
「ああ、これが海なのだな……!」
オユンのあまりに初々しい反応に、阮はふと違和感を覚えた。
「オユン様は、海を見るのは初めてで?」
勇気を出して問いかけた阮に、彼女は「ああ、我は草……」と言いかけ、慌てた脩璃がその口を塞いだ。
「あはは! オユンさん、感動しすぎですよ! ね、華鳳さん」
「お、おう! そうだったよなあ!」
二人の不自然な助け舟に、阮は不思議そうにしながらも、それ以上踏み込むことはできなかった。
◇
検問所では、あの「竜頭帆璧」が威力を発揮した。玉璧を見た兵士は顔色を変え、すぐさま一人の若い商人を連れて戻ってきた。
「お待ちしておりました。私は『黄鶴老舗』の者です。斉賢様より、皆様をご案内するよう命じられております」
案内された昆命の大通りは、各国の商人が行き交い、異国風の装束を纏った者も多い。その熱気と活気は、これまで立ち寄ったどの街をも凌駕していた。
やがて馬車は、巨大な店構えの黄鶴老舗へと到着した。中から出てきたのは、身のこなしに気品を漂わせた男、店主の長顕である。
「お待ちしておりました。私が店主の長顕です。斉賢様から伺っておりますよ、修殿」
長顕の鋭い、けれど温かみのある眼光に、脩璃は「この男、ただの商人ではない」と直感した。
案内された店内の棚には、鵬国特産の瑠璃も並んでいた。
「姉上、うちの瑠璃がありますよ」
「本当ね、嬉しいわ」
脩璃と黄花の囁きを聞き逃さず、長顕が微笑む。
「ええ、この美しい瑠璃を作られたという鵬国王様には、私もぜひお会いしたいものですな」
皮肉にも本人の目の前で発せられた賞賛に、二人は苦笑するしかなかった。
◇
広大な屋敷の奥、竹林の回廊を抜けた先に、贅を尽くした別宅が佇んでいた。長顕が扉の前に立ち、声をかける。
「斉賢様、鵬国からのお客様がお着きです」
直後、バタバタと騒がしい足音が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開いた。
「やあ、待ちかねていたよ、修君!」
斉賢がいきなり脩璃に飛びつき、力一杯抱きしめた。
「グエ……ッ」
カエルのような声を上げた脩璃を、慌てて陽明が救い出す。
「斉賢様、修殿が苦しんでおられますよ」
長顕の呆れたような嗜めに、斉賢は照れくさそうに頭を掻いた。
「あはは、申し訳ない。あまりに会えるのが楽しみでね!」
再会の挨拶もそこそこに、宿をどうするかという話になると、斉賢はパッと顔を輝かせ、床を指差して上下に揺らした。
「宿なら、ここにあるじゃないか!」
「……えっ?」
「ここに泊まればいいんだよ、修君!」
驚く脩璃と黄花の背後から、長顕もまた穏やかに告げた。
「既に他の方々のお部屋も準備させております。どうぞ、我が家だと思って寛いでください」
こうして脩璃一行は、図らずも崑国第二皇子の邸宅に、貴賓として滞在することになったのである。
次回の更新は12月9日(予定)です。




