王妃と汗明
お待たせしました。
時は脩璃らが昆命に到着する前日。汗明が旅籠で密談をしていた翌日にさかのぼる。
その日の朝、汗明は検品に訪れた商人の姿を見て、満足げに頷いた。
「これはこれは大使様。ご依頼の品を揃えて参りました。旅籠の主より命じられました『示現』と申します」
腰を低くし、揉み手で笑う示現。汗明は即金で代金を支払うと、邪険に手を振って彼を追い払い、献上品を積んだ馬車を阿望宮へと走らせた。
示現はその様子を見届け、人波に紛れるようにして忽然とその姿を消した。斉賢への報告に向かったのである。
城内に入った汗明は、賢帥の部屋を訪れた。
「殿下、昨日はお願いし忘れたことがございまして。実は鍾国王より、王妃様にも献上の品がございます。私のような他国の男が直接後宮へ伺うのは憚られますゆえ、殿下の手からお渡しいただけないでしょうか」
賢帥は鼻を高くし、「母上への贈り物か。よかろう、俺が責任を持って届けよう」と胸を叩いた。
汗明は恭しく五つの大きな箱を運び込ませ、蓋を開けさせた。煌びやかな財宝の数々に、賢帥は目を輝かせる。
「鍾国王は、殿下の将来を安じつつも、国に火種――具体的には斉賢殿のような存在――があることを懸念しておられました。ですが、王妃様と殿下には我が鍾国がついている、と……」
賢帥の顔が喜色に染まる。「それは心強い! 早速、母上にこの品を届けてこよう!」
◇
後宮の最奥。賢帥が運んできた箱を前に、王妃はうっとりと宝石を眺めていた。だが、最後の箱の中身を見た瞬間、彼女の眉がわずかに動いた。
「母上、お気に召しませんか?」
「いいえ、素晴らしいわ。汗明という者は殿下の部屋にいるのね? これだけの進物、直接礼を言いに行きましょう」
賢帥が嬉々として先触れに走った後、王妃は女官たちをすべて部屋から下がらせた。彼女が手にとったのは、箱の底にあった一本の「玉笛」。その筒の中に指を差し込むと、小さな布の塊が転がり出た。
◇
賢帥の部屋で、王妃は汗明に拝謁を許した。
「汗明とやら、鍾国王への返礼としてこれを持っていけ」
女官が運んできたのは、見事な装飾が施された大型の箏――『瑟』であった。
「先の笛の音と、この瑟の音が美しく調和するが如く、両国が末永くよしみを保てるように……との願いを込めてな」
「ははぁ、ありがたき幸せ……っ」
汗明はわざとらしく涙を拭い、額を床に擦り付けた。
旅籠に戻った汗明は、すぐさま瑟を検分した。側面の装飾――「龍口」と呼ばれる部分に指をかけると、うっすらと入った筋に沿って木蓋がずれる。中には、丸められた布が入っていた。
内容を確認した汗明は、不敵な笑みを浮かべた。
(……ククク、やはりこの女、欲の皮が突っ張っている。これならば容易い)
同じ頃、後宮。王妃もまた、笛の中に隠されていた布を読み終え、暗い部屋で一人、不気味に微笑んでいた。
◇
阿望宮の一角。二人の男が密談していた。
「汗明と王妃、そして賢帥が接触しました。かなりの宝物が献上されましたが、物的証拠はすべて闇の中かと」
「……であろうな。奴らの狙いを、斉賢様に逐一報告せよ」
命じた男の問いに頷き、報告役の影は夜の闇へと溶けていった。
次回更新は12月6日(予定)です。




