陰謀渦巻く昆命
お待たせしました。
堅城からの知らせが届いた翌日。阿望宮の謁見の間には、斉賢が呼び出されていた。壇上の国王・賢志を仰ぎ、斉賢は恭しく揖礼する。
「お呼びにより、まかり越しました」
「うむ。鵬王は堅城を出た。二日後には昆命に到着するだろう。斉賢、貴様に鵬王の饗応を命じる。我が国の第二皇子としてな」
「……承知いたしました」
「さらに、この饗応は二ヶ月続けよ。決して鵬王を帰国させてはならん」
二ヶ月。あまりに異常な期間に斉賢は問い返したが、賢志は「貴様が知る必要はない」と冷たく突き放した。
退出した斉賢を待っていたのは、廊下で不遜に待ち構えていた皇太子・賢帥だった。
「おい、斉賢! 父上から何と言われた」
「……二ヶ月間、鵬王を足止めせよとの仰せです」
賢帥は鼻で笑い、斉賢の胸元を指差して脅しをかけた。
「俺からも厳命しておく。もし仕損じれば、貴様の実家・黄鶴老舗を取り潰し、叔父の長顕は死罪。財産はすべて没収だ。わかったか!」
無能な自信家に頭を下げながら、斉賢の心には「やはり、狙いは帰国阻止か」という確信と、焦燥が渦巻いた。
◇
黄鶴老舗へ戻った斉賢を、長顕と示現が迎えた。
「足止め、ですか。やはり水路も街道もすべて封鎖されたようですな。手回しが良すぎる」
長顕の言葉に、示現が疑問を呈した。
「なぜ二ヶ月という具体的な期間なのでしょうか」
三人が沈黙に落ちた時、店の者が駆け込んできた。昆命の老舗宿の主が、上客からの依頼で「至宝」を揃えてほしいと言ってきたというのだ。
「その客とは?」
斉賢の問いに、長顕が鋭い眼光を向けた。
「鍾国からの大使です」
「……! 示現、大使の動向を洗え。臭うぞ」
◇
その頃、阿望宮では鍾国の大使・汗明が賢志に謁見していた。
「鍾国丞相・魏封様より、崑国王様への心ばかりの品でございます」
仰々しく礼を述べる汗明。彼は国王の私欲を熟知していた。謁見を終えた汗明は、廊下の官吏の袖へ素早く金子を滑り込ませ、賢帥の部屋へと案内させた。
「鍾国の汗明、勇名高き皇太子殿下に拝謁いたします!」
部屋に入るなり、汗明は身振り手振りも大げさに賢帥を持ち上げ始めた。
「鍾国まで届いているのは、殿下の英明なる統治の噂ばかり……。魏封丞相も、殿下のような傑物がお隣にいることを心強く思っておりますぞ!」
尊大な態度だった賢帥は、見る見るうちに鼻を高くし、最後には手を叩いて大笑いした。
「ハッハッハ! 汗明殿、貴殿の話は実に愉快だ。次はぜひ酒を酌み交わそうではないか!」
二時間後、満足げに部屋を辞した汗明の口元には、冷徹な嘲笑が浮かんでいた。
◇
汗明が宿の離れに戻ると、屈強な護衛たちに守られた室内で配下が待っていた。
「首尾は?」
「上々だ。王は利に敏く、皇太子は案の定、おだてに弱い。すべては魏封様の描いた絵図通りよ」
「あとは鵬王の到着を待つばかり、ですな」
「いや。その前に『あの方』にお会いせねばならん。手配した品は届くか?」
「はい。宿の主人が間もなく届けるはずです」
夜の闇の中、鍾国の仕掛けた糸が着実に脩璃を絡め取ろうとしていた。
その二日後。
昆命の大通りを、脩璃たちを乗せた馬車がゆっくりと進んでいく。
ようやく目的地へ着いた安堵に包まれる一行。だが、この「昆命入り」が六国史上最大の動乱の幕開けになるとは、この時の脩璃には知る由もなかった。
本話に登場する汗明という名の人物は『戦国策』に登場します。ですが、本作での汗明は実在した人物とは全く異なります。
これよりいよいよ終盤に入りますが、想定ではここからが長い・・・。
次回の更新は12月3日(予定)です。




