崑国への旅立ち
お待たせしました。
「動くな、華鳳殿。……修がどうなってもいいのか?」
ニヤリと笑い、オユンが短刀を持つ手に力を込める。床に尻もちをついていた陽明が、悲鳴のような声を上げた。
「オユンさん、何が望みですか! お金ならいくらでも用意します!」
「ほう、いくらだ? 黄金百か?」
「なっ……!」
あまりの法外な要求に絶句する陽明。華鳳はギリリと奥歯を噛み締め、オユンの喉元を射抜くような視線を向けていた。だがその時――。
「ハッハッハッハ!」
不意にオユンが笑い声を上げ、短刀を懐に収めて脩璃を解放した。
「いやすまん。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれ」
「テメェ、やっていい冗談と悪い冗談があるだろうが!」
激昂して詰め寄ろうとする華鳳を、脩璃が静かに制した。
「待って、華鳳。……実はオユンさん、僕を拘束した瞬間に『少し合わせてくれ』って囁いていたんだ」
それを聞き、華鳳は拍子抜けしたようにムスッとして拳を下ろした。
オユンは満足げに頷いた。
「やはり修はただ者ではないな。試させてもらったのだ。この一行がお主を中心に動いていることは分かっていたが、その絆がどれほどのものかを確認したかったのじゃ」
「……で、試した結果、何か頼みごとでも?」
見透かしたような脩璃の問いに、オユンは「崑へ行くそうだな、我も連れて行け」と胸を叩いた。自らの足で世界を見たい、という彼女の瞳に嘘はなさそうだったが、脩璃は条件を出した。
「連れて行ってもいいですが……嘘はなしですよ。あなたは一体、何者なんです?」
脩璃の射抜くような視線に、オユンは地団駄を踏んだ。
「えぇい、分かった! 隠し事はなしだ。……我は、北狄の単于の娘じゃ」
「「エェェェ―――――――――!!!」」
その告白に、宿が震えるほどの絶叫が響き渡った。
◇
その頃、崑国の王宮・阿望宮。
崑国王・崑賢志は、皇太子の賢帥を伴い、第二皇子の斉賢を引見していた。
「父上、鵬にて指示通り『竜頭帆璧』を渡してまいりました」
斉賢の言葉に、兄の賢帥が冷笑を浮かべる。
「ふん、妾腹の分際でよくやったと言いたいが、あんな小僧が本当に金の臭いにつられて我が国へ来ると思うか?」
「必ず参ります……皇太子殿下」
斉賢は兄の蔑視を甘んじて受け、頭を下げた。国王・賢志はニヤリと唇を歪めた。
「ならばよい。我らの役割は『足止め』だ。小僧がこの国へ足を踏み入れたが最後、しばらくは帰さぬ……。ククク、準備を整えておけ」
崑国でもまた、脩璃を狙う不穏な罠が口を開けていた。
◇
翌朝。臨光の船着き場には、役人が用意した巨大な楼船が停泊していた。
「ええっ……これに乗るの?」
脩璃が目を丸くする。あまりに目立ちすぎる。
「門瓢殿の配慮ですよ。王を普通の雑魚寝の船に乗せるわけにはいかないと」
陽明の耳打ちに、脩璃はやれやれと溜息をつき、その豪華な甲板に足を踏み入れた。
楼船は馬車と一行を乗せ、悠然と玄河を下り始める。
一行に加わった謎多き「単于の娘」オユン。そして待ち構える崑国の陰謀。
川面を渡る風は涼やかだったが、脩璃の心には、嵐の前の静けさのような予感が漂っていた。
次回の更新は11月18日(予定)です。




