表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
7/165

法の精神

 眼下には怯えて平伏する二人。背後には、なぜか頬を赤らめてもじもじする侍女。


「やれやれ……」


 脩璃しゅうりは頭を振り、小さくため息をついた。


「知らぬこととはいえ、皇子に対して無礼を働きました。これは俺一人の罪です! ていのじい……図書令には関係ありません!」


 顔を上げた自誠じせいの瞳には、強い意志が宿っていた。


「俺は孤児です。『孤児扶翼令こじふよくれい』でここへ来ました。鄭図書令は、身寄りのない俺を実の子のように育ててくれた恩人なんです!」


 孤児扶翼令。それは、父・秀邦しゅうほうが定めた、孤児を朝廷の働き手として雇用・保護する制度だ。その言葉を聞いた瞬間、隣にいた梅花ばいかが小さく息を呑むのを脩璃は見逃さなかった。


(そうか、梅花もこの制度に救われた一人だったな……)


 彼女が自誠に抱いた怒りは、同じ境遇から這い上がった者としての「プロ意識」だったのだろう。しかし今の彼女の瞳には、怒りの代わりに複雑な共感が揺れていた。


「……不敬の罪は、死罪。そうだな、自誠君?」


 脩璃がわざと威圧的に問いかけると、自誠は「はい」と短く、覚悟を決めた声で答えた。


「脩璃様! どうか、親代わりの私を罰してください!」


 鄭までもが床に額を打ち付ける。


 脩璃は冷徹な仮面を維持したまま、静かに言葉を継いだ。


「自誠君。君が今死んで、どうやって鄭図書令に孝行をするつもりだ?」


「え……?」


「生きて、もっと大きな恩を返さなくては。それが『法』の本来の目的だろう? 父上が定めた扶翼令の精神を、君たちは見事に体現している。ここで二人を罰しては、それこそ私が『父の理念』に泥を塗ることになってしまうじゃないか」


 きょとんとする二人に、脩璃はいつもの悪戯っぽい笑顔を見せた。


「罰なんて、何もありませんよ。……そもそも『不敬』なんて、強制してさせるものじゃない。形式的なマナーにばかり目を奪われていたら、中身のない胡麻すり……いや、イエスマンばかりが増えるだけですからね」


「はっはっは! 違いない。見事な言い分だ、脩璃!」


 階段の上から、朗々とした声が響いた。


 一同が慌てて拝礼する中、姿を現したのは皇太子・麟秀史しゅうしであった。


「兄上……。どうしてこちらに?」


「どっかの悪戯皇子が四書房へ向かったと聞いてな。案の定、面白い商談の真っ最中だったようだが」


 秀史はケラケラと笑いながら脩璃の頭を撫でた。


「鄭図書令、自誠。二人に罰はない。だが自誠、全ての皇族が脩璃のように話のわかる奴だとは思うなよ?」


 兄の言葉に、自誠は「はい!」と深く頭を下げた。

 

「鄭図書令、陛下が望んだ扶翼令の理想を、よくぞここまで守ってくれた。皇太子として感謝する」


 次代の王である秀史が、一介の官吏である老人に頭を下げた。その誠実な立ち振る舞いに、脩璃は


(この兄なら、俺は安心して『隠居』……いや、自由勝手に動けるな)と、密かに不敵な笑みを浮かべた。


 ◇


 その後、秀史はすぐに父・秀邦の元を訪れた。


「父上。……四書房で、脩璃が面白いことを言いました」


 一連の経緯を聞いた秀邦は、満足げに目を細めた。


「ふふ、あやつめ。……秀史よ、お前はどう思う」


「はい。脩璃のあの『法』に対する考え方……。形式よりも目的を重視する視点は、これからの我が国に不可欠なものかもしれません」


 施政者である親子は、小さな皇子が見せた「新しい風」をどう国家の形にするか、密やかに、そして楽しげに語り合うのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ