北狄からの女商人
臨光の大通りを馬車で進んでいくと、人だかりが道を塞いでいた。
「おや、揉め事ですかね?」
御者の慧軻が呟く。その先では、数人の男たちが何者かと言い争っていた。
「坊、また賑やかなことになってるぜ」
華鳳が「ほら見ろ」と言わんばかりの顔で脩璃を振り返る。
「……華鳳、その顔はやめてください。僕がトラブルを呼び寄せているみたいじゃないですか」
「事実だろ? 坊が出張ってからというもの、平穏無事なんて言葉は辞書から消えちまったよ」
軽口を叩き合っていると、慧軻が鋭く指摘した。
「脩璃様、あそこで暴れている男装の御仁……あれ、女ですぜ」
見れば、ポニーテールの髪をなびかせ、筒袖の男服を着た長身の人物が、群がる男たちを次々と叩き伏せていた。しなやかな腰つきや細い手首は、確かに女性のそれだ。
「危ない、後ろ!」
脩璃が思わず叫んだ。背後から襲いかかろうとした男に気づいた彼女は、鋭く身を屈めて敵の懐に拳を叩き込む。男は悶絶し、その場に崩れ落ちた。
女は周囲を平らげると、悠然と馬車へ歩み寄ってきた。
「いい馬だ。よく手入れされている。……少年、知らせてくれたのは君か?」
「はい。僕は修という名の商人です。あなたは?」
「恩人に失礼した。我はオユン。北狄から来た商人だ!」
彼女は豪快に笑った。女性ながら男装し、腕っぷしも強い。脩璃は関心を抱きつつも、先を急ごうとしたが――。
「待て少年。我もその宿に案内せい。金ならあるぞ!」
結局、陽明の「北狄の情勢を聞く好機」という進言もあり、オユンを馬車に乗せて宿へ向かうことになった。
◇
宿に到着後、一行はそれぞれの部屋へ入った。
オユンは「親の決めた婚儀が嫌で草原を飛び出してきた」と語ったが、陽明はその所作から「ただの遊牧民の娘ではない。かなりの貴顕ではないか」と推測した。
「害意はなさそうだ。破玉、いるか?」
「ここに」
脩璃の問いに、天井裏から声が応じる。
「夕食の間に彼女の部屋を調べろ。身元を特定できるものがあるはずだ」
夕食時、食堂ではオユンが名物の川魚を凄まじい勢いで平らげていた。
その傍らで、地元の商人が「また川賊が出た」と頭を抱えているのが耳に入る。斉門瓢の統治下でも、神出鬼没の川賊には手を焼いているらしい。
「川賊だと? よし分かった、我が退治してくれよう!」
酒の勢いも手伝って、オユンが鼻息荒く宣言した。
「おい修、お前たちも手を貸せ。川賊退治だ!」
華鳳が再び「ほら見ろ」という視線を送ってくるのを、脩璃は斜め上を向いて逸らした。
◇
食後、部屋に戻った脩璃のもとに、破玉の藍が姿を現した。
「報告します。部屋には何もありませんでした。ただ……」
「ただ?」
「……かの者の懐に、短刀が。あれを確認できれば身元が判るかと。……以上です!」
藍はなぜか顔を赤らめ、忽然と姿を消した。
同じ頃、宿の別室に集まった破玉の面々。
「藍よ。なぜそんなに顔が赤いんだ?」
紫の問いに、藍は俯いたまま絞り出すように答えた。
「……天井裏から覗いたら、ちょうど着替え中でな。……決してわざとではないのだ!」
「お前……まさか、全部見たのか……?」
闇の中で、男たちのヒソヒソとした、しかし切実な追求が続くのだった。




