崑国への旅立ち
斉賢たちが崑国へ帰路についてから二日後。
「修君、私は崑国の都・昆命に住んでいる。再会を楽しみにしているよ!」
去り際のウインクと、あの不敵な笑みが脩璃の脳裏に焼き付いていた。
銀盤宮の政務室。脩璃が預かった白い玉璧を眺めながら考え込んでいると、李志が拝謁に訪れた。机の上の玉璧を見た瞬間、普段沈着冷静な李志が、声を裏返して叫んだ。
「王様! その玉璧をどこで手に入れられたのですか!」
「え? 崑国の商人がくれたんだけど……そんなにすごいの?」
「……まさか。それは『竜頭帆璧』。崑国の公認商人の証であり、関所のフリーパス、さらには税の免除まで約束される、商人にとっては家宝以上の価値があるものです。それをポンと他人に渡すなど……」
脩璃は口をあんぐりと開けた。
(なるほど、再会を楽しみにしているってのは、これを使って崑国まで来いっていう招待状だったのか)
さらに、自分の素性を看破した上での贈り物。脩璃は斉賢という男の計り知れなさに、薄い震えを感じずにはいられなかった。
◇
翌朝の朝議。国力の回復と、軍備増強による財政の圧迫という表裏一体の報告がなされた。その中で脩璃は崑国との交易、そして自らの崑国行きを提案した。
「まさに好機でございますぅ。その玉璧を使いぃ、崑国との民間交易を広げればぁ、さらなる収益が見込めますぅ」
奉師が揉み手で賛成する一方、陽明は市場独占の懸念を指摘した。
「ならば、朝廷が輸出入の調整役を担い、国内の商人に分配すればよいのでは? 輸送は万力社に任せれば盤石だ」
自誠の柔軟な案に、一同が頷く。
問題は「王の不在」だったが、脩璃は静かに、かつ力強く告げた。
「東夷との交易は、鵬国に未曾有の富をもたらすはずだ。それに……あの男が私を呼んでいる。虎穴に入らずんば虎子を得ず。崑国へ行かせてほしい」
紫苑は「小僧の人たらしに懸けるしかないか」と笑い、留守を守ることを約束した。
最後に、李志が新しい瑠璃の試作を持ち込んだ。
「職人が偶然、珪砂の中に瑠璃を落としたことで見出した技法です」
運び込まれたのは、表面がすりガラス状に加工された幻想的な壺だった。艶を抑えた質感は、これまでの煌びやかな瑠璃とは一線を画す「侘び寂び」を感じさせる。
「……美しい。これで鵬国の瑠璃は、また一段高い場所へ行けるね」
脩璃の称賛に、李志は誇らしげに頭を下げた。
◇
崑国行きの使節団が結成された。
団長は商人・黄花。その弟「修」として脩璃。番頭役に陽明。そして馬車の御者として、華鳳と、万力社の慧軻が選ばれた。
慧軻は、かつて宗興を裏切った者を二年の歳月をかけて追い詰め、その首を持ち帰ったという、万力社きっての豪胆にして義理堅い男だ。宗興が「王を命懸けで守れるのは、俺かあいつしかいない」と太鼓判を押した逸材である。
さらに密かな護衛として、破玉の半数――緑、青、藍、紫の四名が闇に潜み、万全の態勢が整った。
夜明けの空が紫から茜色へと溶けゆく頃。
朝焼けに染まる銀盤宮を背に、一台の馬車が太原の城門を抜けた。
少年王・脩璃の、初めての異国外交の旅が始まったのである。




